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あ と が き

 長きに渡った本作品の公開もすべて終わり、完結を迎えることができました。まずはここまで辛抱強くお付き合いくださいました読者の皆様に感謝申し上げます。

 さて、あとがきを添えることとなり、まず第一に言及しておきたいと思いますことは、本作品は史記・漢書に記述されている史実を軸に構成されていますが、多数の箇所において作者の創作を加えており、基本的にフィクションだということです。

 史実上の韓信とはどのような人物であったか……もちろん史実には散文的な事実のみが残っているばかりで、そこから彼がどのような人物であったか、どのような性格であったかを伺い知るのは難しいことです。そこから想像をはたらかして人物設定を行なったわけですが、これに関しては人それぞれなので作品には作者の主観が大きく影響しています。

 結果、私は韓信を極めて現代的、それも常識的な、教育の行き届いている日本人のような感覚を持った男として設定しました。実際彼は中国人だったわけですが、周囲の人物の中国的な発想を際立たせるためにも主人公は周囲と別物の存在にしたいと考えた次第です。

 

 いわゆる周囲の人物……特に劉邦などは現代の中国にも通じる考え方や行動原則を有しています。夏侯嬰の操縦する馬車に乗って彭城から脱出する際に同乗する子供を投げ降ろしてまでも自分が助かろうとした、という話は史実に残っている話で、これは成功するためならば手段や方法は厭わない彼の特徴的な行動だと思われます。

 これが現代であれば、金の力を利用してどんなことでも……ということになるのでしょうが、その辺りは皆様の想像にお任せします。私はなるべく作品以外で自身の主張をすることは致しません(もちろん現代の中国は子供を尊重する社会となっています。農村部ではいまだに人身売買もあるようですが……)。

 劉邦は敵に対して媚を売ったり、頭を下げたりしながらも最後には天下を得ました。あるいはこれは日本人的な成功の仕方のようにも思えます。しかし、一見定見のないようなその行動は対立していた項羽とは正反対であり、後の時代に生きる私たちにとっては好悪の感が大きく分かれるところだと思われます。

 一方の項羽は、一言でいうと頑固者でした。どちらかというとこちらの人物の方が日本人には馴染みやすいのではないかと思います(暴虐の度合いは並外れていますが)。本文中にも記載しましたが、彼が統一を果たした際にあまりに細かく国を切り刻んだことは、数多くの功労者に少しでも多く領地を与えたいと望んだ結果でしょうし、助けてくれと懇願する相手に心を鬼にすることができなかったという事実は、彼の心根にひそむ優しさを覗かせてくれます。また常に戦陣の先頭を駆け抜ける荒々しさを持つのと同時に、虞美人のような女性を愛した(実際に虞美人がどのような女性だったのか史記ではあまり言及されいませんが)ことは、彼が一種のロマンチストであったことを想像させます。「天命によって滅ぼされた」と何度も自分に言い聞かせるようにして死んでいったことはその最たるものでしょう。

 主人公の韓信は、その両名のどちらにも似ていない……好きでもないものに頭を下げたり、簡単に節を曲げたりはしないものの、常に現実を直視し、運命を他者によって左右されることを拒む……天命でさえも拒否しようとした人物として設定しています。

 そんな韓信に対して儒者酈食其はこう評します。

こういう男は生きていくのがつらかろう」

 しかし現代に生きる我々、とくに人に雇われて生きる大多数の人にとって、韓信の悩みは共感できるものなのではないでしょうか。類い稀な才能を持ちながら、自制的な性格を持っていたがために覇者となれなかったという事実。最後には謀反を犯した、という行動は私にとって彼が人生を諦めたということに思えます。

 単純にいうと韓信は思い切りが悪かった、謀反も遅きに失したということになるのですが……普通、そうですよね。謀反を成功させ、天下の覇業を奪取する……そんな考えを抱くこと自体、一種の狂人です。だから劉邦や項羽は私たちが想像する以上に、はるかに常識を超えた変人だったに違いありません。

 縦横家蒯通は何度も韓信に訴えます。変人になれと。

 公女魏蘭はそれをなだめます。変人でないことは欠点ではなく、美徳なのだと。

 しかし結果から言うと、韓信はそのどちらの意見にも従うことは出来ませんでした。自身の持って生まれた性格と、時代の風潮がそうさせたのです。運命に翻弄されることを嫌った彼が、運命に翻弄されたとしか言いようがありません。悲しいことですが、多くの現代人はこれと同じ悩みを抱えていることでしょう。

 この作品は当初の構想では、序盤は韓信と鍾離眛がともに戦乱期で成り上がり、功績を競い合っていく、という一種の青春を描いたものに仕上げようとしたのですが、韓信は楚軍在籍時にはまったく異彩を放たず、鍾離眛に至っては史実には敗れた記録が残っているばかりで思うようになりませんでした。結果、序盤は社会状況を描写しながら、韓信がいちいちそれに不満を持つ、という形になっていったわけですが……あるいは嘘でも二人にさわやかな競争をさせた方が小説的にはよかったかもしれません。しかし、どちらが事実に近いということになれば、おそらく作品にした形の方が近いと思われます。読後感は失われたかもしれませんが……これも仕方のないことですね。

 また、ロマンスを描いた作品でもありませんので、魏蘭には登場早々に韓信と結ばせました。描き方が未熟だとは自覚しているのですが、早めに結ばせないとその後の話が展開しないのでそうさせた次第です。実際には戦乱期に小さな愛を育てながら……という暇はなかったと思われます。本文中にはあえて記載しませんでしたが蘭には蘭の打算があって、人質として放出された自身の立場を早く解消したい、自分の居場所を確立したいと願った結果があのような形、と皆様にはお伝えしておきます。

 

 韓信死後の世界を簡単に紹介しておきます。漢の相国の座は、劉邦の遺言によって曹参と定められます。さらに劉邦は遺言を残し、曹参のあとは周勃がよい、と言い残します。曹参の後は相国の座は取り払われ、周勃は丞相として国政を支えることになるのですが、その際に共同して陳平も丞相として国政を支えます。作中では反目し合っていた二人ですが、後に共同して国を支えることになります。しかし周勃は陳平の才能が際立っていることを認め、自ら身を引き、以後は陳平が丞相として国を支えます。

 彼らが相国・丞相として活躍した時期はどんな時代だったかと言うと、外戚が跋扈した時代でした。すなわち呂后が権力を掌中に収めた時代です。

 未だ高祖劉邦存命時に梁王彭越は参戦を命じられた会戦に参加しませんでした。彭越は許しを得ようと呂后に釈明しますが、詭計を巡らし、呂后は彭越を殺害してしまいます。その肉は塩漬けにされて切り刻まれ、諸侯のもとに届けられました。

 その塩漬けされた肉が届いたのを見て、心中を揺り動かされたのが、黥布です。彼は叛乱を決意します。夏侯嬰などは劉邦に取りなしましたが、これも時代の流れだったのでしょう。

「厄介なのは韓信と彭越だけであったが、今やもう二人とも死んでしまった。もはや敵と呼べる奴はこの世にいない」

 なかばやけになったように黥布は兵を挙げます。高祖はこのときすでに年老い、病魔に冒されていましたが、それでも戦陣に姿を現し、黥布に問いかけました。

いったい何が不満で、お前はわしに叛くのだ」

 黥布は答えます。

なんの不満もない。ただ……皇帝になりたいだけだ!」

 黥布は奮戦しましたが、やがて死に至ります。

 その後劉邦も死んで、呂后が国政を担います。本編で少しだけ言及した劉邦の側室、戚夫人を恨み、手足を斬り落として豚小屋に放置した、というのは有名な話ですね。そして戚夫人の子、劉如意をも毒殺します。それを見た二代目皇帝の劉盈(馬車から落とされた子)は気分を害し、そのまま退位してしまいました。こうして国政は混乱を極めます。

 しかし、民衆に対する施政は呂后は優しく、内政的にはこの時代は穏やかだった、ともいわれています。宮中の混乱とは対照的に、対外的には女性特有の優しさを発揮したという点で呂后はある程度歴史的には評価されています。

 

 長くなりましたが、以上です。

 最後になりましたが、この作品を執筆するにあたって参考とした史書を挙げておきます。興味のあるお方は一読してみてください。

 史記

 始皇本紀・項羽本紀・高祖本紀

 屈原賈生列伝・刺客列伝・李斯列伝・蒙恬列伝

 張耳陳余列伝・魏豹彭越列伝・黥布列伝・淮陰侯列伝・韓信盧綰列伝・田儋列伝

 樊酈滕灌列伝・酈生陸賈列伝・季父欒布列伝

 陳渉世家・蕭相国世家・曹相国世家・留侯世家・陳丞相世家・絳侯周勃世家

 

 漢書

 陳勝項籍伝・張耳陳余伝・魏豹田儋韓王信伝・韓彭英盧呉伝・季父欒布田叔伝

 蕭何曹参伝・張陳王周伝・樊酈滕灌傅靳周伝・酈陸朱劉叔孫伝・蒯伍江息夫伝

 

 以上です。また、韓信の足跡についてもっとコンパクトに知りたいという方はウィキペディアで検索してみることをお進めします。非常に端的にではありますが、わかりやすく示されています。

 以上をもちまして、本作の公開を終了致します。長らくのご愛顧ありがとうございました。そしてこれからもよろしくお願い致します。

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