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第 四 部

 

策 略

 

 

 今にしてみると、蒯通がしつこく自分に勧めたことは、すべて正しかったように思われる。

 

「知識を得ておきながら、決断して行動に移す勇気を持たぬ者に幸福は訪れぬ」

 かつて蒯通は、そう言った。あのとき彼の勧めに応じて決断していれば、その後の自分の運命は変わっていたかもしれない。

 

 酈生は、死ぬ間際に残した書簡の中で、自分に独立を示唆した。

「将軍は自分の欲に気付いていないために、行動を起こせずにいる」

 

 今、韓信は自分の欲が何であるかを知った。

 誰にも膝を屈したくない自分。

 人の上に立ちたいと望んだことはないが、かといって卑屈な存在であることを拒否したがる自分。

 酈生は自分より、自分のことを見抜いていた。

 

 カムジンは戦場で成長し、自我に目覚め、それ故に罪を犯した。

 そのカムジンの晩年の姿と今の自分が重なるような気がして、彼は悪寒を覚えた。

 自分は今に至り、ようやく自分自身の欲求を理解することができたからである。

 これは、自我に目覚めたということに違いなかった。

 

 そのようなことを常に考え、自分の決意に対して悩み続けた。その期間は長く、まる二年に及ぶ。

 韓信は、陳豨の行動を待っていたのである。

 

「……君は陛下の信頼が厚い。二度三度君の忠誠を疑う行為が発覚して、ようやく陛下は行動を起こす」

 韓信のその言葉を受けた陳豨は、鉅鹿に到着するとすぐに食客を集め、私的勢力の形成に努めた。

 その食客の数は膨大で、あるとき陳豨が趙の邯鄲を訪れた際、連なる食客の車が一千台を超え、公立の宿舎がすべていっぱいになったくらいである。

 

 趙のある大臣がこれに不信と危機を感じ、朝廷に参内して皇帝に訴えた。陳豨は軍令の範囲をこえる私的勢力を持ち、そのため謀反の可能性が高い、と主張したのである。

 皇帝はこの主張を受け、人を遣って陳豨の食客の素性を調べさせた。その中には後ろ暗い過去を持つ者も多かったが、そのことが陳豨の謀反を証明することにはならない。

 皇帝は陳豨を罷免しようとはしなかった。

 

「大丈夫、その調子だ。ゆっくりで構わない。構わず勢力の拡充に尽力せよ」

 韓信は陳豨からの密使の報告に、そう返答した。

「我が主の陳豨は、今後どのように行動すべきか、淮陰侯におうかがいして参れ、と申しておりましたが……」

 

 韓信は、満足した。陳豨は自分のために行動してくれている。

「殊勝だな……陳豨という男は。彼の行動は彼自身の野心から発せられているものではなく、私のために捧げられている。……もっと早い段階で出会うべき人物であった」

 

 韓信は密使に伝えた。

「帰ったら、陳豨に伝えてほしい……匈奴に亡命した韓王信とひそかに同盟せよ、と。具体的な方策は問わぬ。陳豨の数多い食客の中には、韓王信の部下に誼がある者もいるだろう……そのつてを頼るのも方策のひとつだ」

「承知いたしました。必ず、そのように」

 密使はそう答えて陳豨のもとへ帰っていった。

 

 韓信はその後ろ姿を見つめつつ、思う。

――策士として裏から謀りごとを巡らす、というのは性分に合っていないが……なかなか根気がいるものだな。自分で戦う方が、よっぽど気楽だ。

 しかし、今の韓信に手持ちの兵力はない。戦いは陳豨に任せ、自分は機会を待つことしか出来なかった。

 なまじ待っている間は考える時間があるだけに、くじけそうになる。

 彼は自分の意志を保つべく、弱気と戦っているのだった。

 

 翌年の七月、皇帝劉邦の父、劉太公が死去した。

 国中に喪が発せられ、諸侯や列侯は皆、長安に召し出されることとなった。

 が、陳豨は病気と称してこれを無視した。

 

 それでも皇帝は動かなかった。よほど陳豨を信頼していたのだろう。

――意外なことに、なかなか動かんな。気の短い陛下なら、あるいはと思ったのだが……。陛下の鋭気が衰えたか。

 

 そう考えた韓信は、ついに使者を通して陳豨に指令を出す。

 その指示は短かったが、的確に要旨を伝えていた。

 

「代王を称し、趙に侵攻せよ!」

 

item2

 趙は、韓信にとって思い入れのある土地である。

 兵に背水の陣を敷かせ、その結果陳余を斬り、趙歇を捕らえた。李左車に師事し、張耳を王に据えた。

 その功績で名をあげた土地であったと同時に、邯鄲での住民虐殺の罪でカムジンを死罪に処したという苦い経験もしている。良くも悪くも思い出深い地であった。

 

 前年(紀元前一九八年)、その趙の土地である政変が起こっている。当時の趙の国王は張耳の子にあたる張敖(ちょうごう)であったが、その張敖が列侯に落とされたのであった。

 きっかけは趙のある大臣が皇帝の弑逆を企み、それが発覚したことである。臣下の罪は主君の罪と考えれば、この処置は妥当であった。

 だが皇帝が張敖の後釜として、またもや劉姓の者を王位に就けたことは、韓信にとって気に入らないことであった。

 

 そもそも張敖は、劉邦の娘である魯元公主(魯を名目的な領地として与えられた皇帝の長女の意。本名は不詳)を妻としており、これは劉邦が彭城を脱出する際に車から捨てられ、何度も夏侯嬰に拾い上げられた人物である。

 投げ捨てたりしたことを考えれば、劉邦の娘に対する情は薄かったとも考えられるが、なんといっても皇族である彼女を妻にした張敖の地位は保証されたものと思われていた。

 ところが弑逆計画に張敖が関わっていないことが立証されても、皇帝は彼を復位させようとしなかったのである。

 

 これについては諸説あるが、劉邦は理由を付けて異姓の王を除外したかっただけに違いない。少なくとも事情を聞いた韓信はそう信じた。

 

 韓信にとってこの事件はいまいましいことではあったが、逆に好都合でもあった。

 あらたに趙王に据えられた劉如意りゅうじょい・戚夫人の子。庶子である)は活発な性格であったとされるが、目立った軍功はない。そのため趙で叛乱が起きてもうまく対処できず、その結果皇帝である劉邦自身が鎮圧に動く、と読んだのである。

 

 そして、事実そのとおりになった。

 

 陳豨叛乱の報告を受けた皇帝は、親征の意を表明し、諸将に命じて征旅の準備をさせた。

――いよいよその時が来た。

 

 韓信は側近の者を集め、ついにその胸の内を明かした。

「諸君、陳豨が北の地で叛乱を起こし、皇帝の意に背いたことは知ってのとおりだ。皇帝は自らこれを鎮圧するつもりで諸将に従軍を命じている。……この私にも征旅を共にするよう、先ほど命令が届いたばかりだ」

 

 この時期の韓信の側近たちの大半は、かつて親衛隊として戦地を戦い抜いてきた者たちであった。

 彼らは久しぶりの出征とあって、わき起こる興奮を隠しきれず、それぞれに歓喜の表情をした。

「謀反人の陳豨を我らの手で捕らえれば、皇帝に淮陰侯の力をあらためて示すいい機会となることでしょう。腕が鳴る、とはこのことですな!」

「淮陰侯がちょっと本気を出せば、敵う相手など天下にはいない。皇帝の腰巾着に過ぎぬ将軍どもにいつまでもでかい面をさせておけるものか!」

 

 彼らの言う将軍とは、夏侯嬰や樊噲、周勃など旗揚げ以来の古参の将軍たちをさす。彼らもと親衛隊の側近たちは、やはり一様に不満を感じていたのだった。

 

 しかし歓喜に沸く一座の中で、ただ一人韓信だけは白けた表情のままであった。ひとしきり側近たちが喚き散らすのを静観し、それが落ち着いたころ、彼はあっさりと言い放った。

「諸君らの気持ちはよくわかった。しかし、私はこのたびの征旅には随行しない。病気を称して長安に留まるつもりだ」

「え……?」

 一同は皆あっけにとられた。

 

「失礼ながら……それでは淮陰侯の名誉を回復する機会が失われてしまいます。どうかお考え直しください」

 側近の一人の言葉に韓信は答えた。

「名誉か。皇帝のご機嫌をうかがい、その一挙手一投足に怯えながら日々を暮らす生活が名誉だというのなら、そんなものはこちらから願い下げる。事実、諸侯王としての生活はそういうものだ。率直に言おう……。皇帝は諸将を連れて趙へ親征する。その隙をうかがい、私は居城の長楽宮を襲撃するつもりなのだ」

 

 韓信のそのひとことに、側近たちは目を丸くした。

――これは……淮陰侯の朝廷転覆の計画だ!

 

「そもそも名誉とは、人から与えられるものではない。私はそれを自ら手中にするため、行動を起こそうと思う。つまり長楽宮に侵入し、呂后と太子を捕らえて人質とし、皇帝を決戦の場に引きずり出す……私の勝手な判断だが、異存のある者はいるか? いれば今のうちに申し出よ。同調できぬ者に仔細を詳しく語ることは出来ない」

 韓信の口調は穏やかではあったが、それでいて断固としたものだった。

 側近たちは韓信の決意を聞いた以上、実際には同調できないとは言えない。言えば秘密保持のために斬られるか、少なくとも獄に入れられるからである。

 

 韓信は静かに目で訴えているのであった。私と行動をともにせよ、と。

 

 

「私は常に負けない戦いをしてきたつもりだ。諸君が心配するのも無理はないが、今度の戦いも今までの私の戦いとなんら変わるところはない。十分に成算はあるし、根回しもすでにしてある」

 

 韓信は淡々と説明を始め、手始めに側近たちに質問をした。

「皇帝は趙の地へ親征するが、その目的はなんだと思う」

「謀反を起こした陳豨を討つためです」

「うむ。その通りだ。ではなぜ陳豨が叛旗を翻したか、わかる者はいるか」

「いいえ……」

 

 側近たちは一様に首を傾げた。彼らには韓信がなにを言いたいのかがよくわからなかった。

「陳豨はもともと皇帝の信頼が厚い男であったが、ひそかに現状に不満を持っていた。私はとあるきっかけで彼と知り合うことになり、彼に策を授けた。叛乱を使嗾したのだ」

「……!」

 

「陳豨が鉅鹿の太守に任命されたことは私にとって僥倖であった。かつて私のもとで弁士をつとめていた蒯通は常に私に口酸っぱく言ったものだった。『機会、機会。機会をとり逃しては大事を成すことは出来ない』と。……私は彼の言葉に従い、陳豨を造反に引きずり込んだ。鉅鹿で私的勢力を作れ、匈奴に亡命した韓王信と結べ、代王を僭称せよ、と……。陳豨の叛乱はすべて、私の指示に基づいて行われている。その結果、皇帝は首都の長安をもぬけのからにして、戦地へ向かおうとしている。今のところ、状勢は私の思うとおりに動いているのだ」

「……さすがは淮陰侯。その深慮遠謀には、我らなどとても及びませぬ」

「お世辞を言うのは早い……問題はこれから先だ。私は陛下の留守を狙い、長楽宮を襲おうとしているが、君たち全員の協力を得たとしても、兵の数がまだ足りない」

 

 韓信の側近は、この時点で二十名に満たなかった。

 そのうち、かつて韓信が彭城で項羽の追撃を阻止したときに初めて結成されたいわゆる親衛隊に由来する者が七割、残りの三割は韓信が楚王就任後に仕えるようになった者たちである。

 よって三割は個人的な武勇も、あまりあてにできない。

「長安は城市として造営の途中であり、城壁も未だ半分くらいしか完成していない状態だが、都市としてはすでに機能を果たしている。市中には居住区もあれば市場もあり、幾多の人民がここに成功と繁栄を求め、流入してきている。……このことは良い面もあるが、悪い面もある。市中には勤勉な良民が溢れているが、逆に遊民や無頼の徒も溢れているのだ。……西にある獄はすでに囚人でいっぱいだとの噂だ。……私は、あえてそれを利用しようと思う」

「……囚人を兵として使う、とおっしゃるのですか?」

「そうだ。もちろん忠誠はあてにできない。しかし、ものは考えようだ。人が罪を犯すのはなぜか。……いろいろな状況があるが、共通して言えることは、利に目が眩むからだ。罪人として捕らえられている者は、その欲求に打ち勝てない者たちなのだ。つまり、こちらが利をつかませることを約束すれば、彼らから忠誠も買える」

「あまり……気持ちのいい話ではありませんな」

「そうか? しかし人の道に反する、とまでは言えまい。事実、秦の末期には地方の徴税官に過ぎなかった章邯が囚人を兵として編成し、それを当時最強の軍隊に仕上げた例もある。私はひそかに軍人として章邯を尊敬しているので、今回はその例にならいたいのだ。……他に方策がない、ということもあるが」

「…………」

 

「囚人たちも生まれ変わる機会を得ることになるかもしれない。彼らは確かに悪人かもしれぬが……私はかつて人から聞いたことがある。人の性は、本来は悪だと。そして人生における数々の経験が、それを善に導くのだ、と。だから私も君たちも、人としての根源が悪であることは、囚人たちと変わらない。ただ彼らの人生には、善に導かれるきっかけがなかっただけのことだ。我々がそれを与えると考えればよい」

「……淮陰侯がそれでよろしければ、我々には反対すべき理由はございません」

 側近たちは口々にそう言った。

 しかし、誰もが「自分は善である」と言い切れる自信があったわけではない。だが韓信を含め、彼らは皆、そのことを考えないようにした。

 

「兵の件は、それでいいとしても……最終的には皇帝と戦うことになるのです。……大義名分が必要です」

「うむ。……考えるところはある」

 

 韓信は、自分の頭の中を整理するかのように、しばらく沈思すると、やがて話し始めた。

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