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第 三 部

 

対 峙 は 続 く ……

 

 

 漢は彭越に楚の後方を撹乱させ、その隙に再び成皋を奪取した。そして険阻な広武山に陣を取り、項羽を迎え撃つ構えを見せた。

 ひと口に広武山というと単独の山を連想させるが、実はこの山は二つの峰に分かれた連山であり、「広武山」という山名は、その総称である。

 漢・楚の両国が争っていた当時にそれぞれの山がどう呼ばれていたのかは不明であるが、現代では東が覇王城、西が漢王城と呼ばれていて、有名な史跡となっている。

 つまり、広武山に築城した漢軍を追って楚軍も広武山に入り、互いに谷を挟んで対峙することになったのである。この事実だけから判断すると、ついに漢は武力にまさる楚によって山に封じ込められた、と感じてしまいがちだが……。

 

 しかし、実際は西に陣取った漢の後背には敖倉があり、食料が尽きることはなかった。かつて秦が強権的に民衆から収奪し、こつこつと蓄え続けた穀物が漢を救ってくれる……したたかな漢の戦略が、そこにあった。

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 これに対して東に陣取った楚の後背には何もなく、唯一当てにできるのは遠い彭城からの軍糧の補給路しかなかった。しかも、これを彭越がたびたび襲撃する動きを見せ、項羽を対処に困らせたのである。

 

 このことを受け、対立の長期化を嫌った項羽はしきりに短期決戦を挑もうとした。が、当然ながら劉邦はそれを受け流し続け。戦況は膠着状態となり、両者が対峙する期間は思いのほか長いものとなった。

 項羽と劉邦の両者の駆け引きは続き、永遠に決着することがないように思われた。しかし、この時こそが長らく続いた楚漢抗争の最終局面の始まりで、いわば、終わりの始まりなのである。

 

 時は酈食其の死後、韓信が臨淄に突入したころであった。

 

 ある日の午後、楚の陣営に何やら動きが見えた。向かいの峰の様子をうかがっていた漢の兵士たちには、具体的なことはよくわからない。ただ、遠目に見える楚の兵士たちの表情がそれまでになく明るく、自信に満ちていることだけがわかった。

 

 なにが始まるのか不審に思った漢兵たちが様子を見ていると、やがて楚兵たちは大きな板を持ち出し、それを漢に見せつけるように正面に据え付け始めた。

――いったい、どういうことだろう。

 板の大きさは縦が八尺、横が六尺ほどの大きさで、ちょうど人間がひとり両手を広げて横たわることのできる大きさである。それがわかっても漢兵たちは事態を掌握することができないでいたが、やがて一人の老人が連行され、その板に磔にされるのを確認することとなった。

 そして、ようやく楚軍の意図がわかったのである。

――あれは、劉太公だ!

 

 磔にされたのは、劉邦の父であった。彼は劉邦が彭城で敗戦して以来、嫁の呂氏とともに楚軍に捕らえられ、捕虜となっていたのである。

 

「漢王よ! 聞こえるか。今、お前の父は、お前自身の不孝によって煮られようとしている。悔い改めようとするならば、今すぐ降伏しろ。それが嫌だというのであれば、お前の父は死ぬ。言っておくが、わしはどちらでも構わない。父親を失うか、降伏するか、選択の自由はお前にある。どちらか好きな方を選べ」

 項羽はそう言いながら、周囲の兵たちに指示を出した。すると大きな解体用の包丁やら、料理用の大釜やらが粛然と用意されていく。

 

 太公を磔にした板は、実は巨大な「まな板」であったのだ。

 

 劉邦はこの様子を確認し、いたたまれなくなった。これまで自分は決して孝行息子などではなく、思いのままに天下を望み、結果的に肉親を巻き添えにして苦しめてきた。それを常に心に病んできたわけではないが、ここまでされるとさすがに気持ちが揺れる。黙って殺させるわけにはいかなかった。

 

 劉邦は怖じ気づき、行動を起こすことをためらったが、王としての義務がそれを許さない。意を決して胸を張り、谷を隔てた項羽にむかって言い放った。

「項王! ……わしとお前はかつて……ともに懐王の臣となり、兄弟の約を結んだ仲であったな。わしとお前は兄弟! ……つまり、わしの親父はお前の親父でもある」

 現代ではとても通用しそうもない理屈だが、これも、この時代特有の「義」の概念に基づく論法である。「義」は戦乱の時代のなかでの数少ない道徳概念のひとつで、これを否定することは当時の人々にとって最大の悪徳とされた。また、子が親を殺すことは「孝」の理念にも反する。

 

 劉邦は実際に自分と項羽が義兄弟だと信じたことは一度もなかったが、懐王の下でともに君臣の契りをたてたことは事実で、理論上は間違っていない。よって、この種の論法を項羽が真っ向から否定することはないだろうと信じた。

「お前が自分の親父をどうしても殺すというのであれば、わしはあえて止めようとは思わないし、実際にここからではただ眺めることしかできない。好きなようにせよ。ただし、ひとつだけお前に言いたいことがあるのだが」

 ここで劉邦は内心で怯えつつも、極めて不遜な一語を発した。

 

「……お前がそこの親父を煮殺した暁には、どうかわしにも煮汁を一椀恵んでもらいたいものだ」

 

――生意気な!

 この言葉に逆上した項羽は、本当に太公を殺そうとしたが、項伯がこれを諌め、ことなきに至った。劉邦は危険な橋を渡ることになったが、なんとかこの場を乗り切ることができたのである。

 

 広武山における楚漢対立の第一幕が、これであった。

 

 

「どうだ、体の具合は?」

 項羽は居室に戻ると鍾離眛のもとを訪ね、そう語りかけた。

 

「おそれながら、まだ歩ける状態では……」

 それまで横になっていた鍾離眛は、項羽の姿を認めると体を起こし、居ずまいを正そうとする

 

「そのままでよい」

 項羽はそれを止め、自ら眛の肩を抱き、あらためて横に寝かせた。

 広武山での楚漢の対立のそもそもの発端は、成皋近郊で鍾離眛が漢を攻め、逆に包囲されたことにある。そこに風雲告げるかのように項羽が現れ、恐慌をきたした漢軍が広武山に逃げ込み、築城したのだった。

 

 この戦いのさなか、鍾離眛は落馬して足を負傷していた。

「痛むのか?」

 項羽の口調には、眛を責めるような厳しさはない。もともと味方には優しい男である。しかし、眛としてもいつまでもそれに甘え、寝続けるわけにはいかなかった。

 

 それをわかっていても、なんとなく自分の鋭気が失われつつあることを自覚せざるを得ない眛であった。

「医師の話では、骨は折れていないとのことです。……しかしまだ腫れが引かず、患部は熱を発し、よく眠れもしない状況でございます。再び将軍として兵を率いる日が、いつになることやら……」

「弱気になるな。戦陣の先頭に立てば、負傷することもあるものだ。わしにはそのような経験はないが、これは特別なことなのだ。わしが負傷せず、君が負傷したことを気に病む必要はない」

 

 凡人たる自分は戦えば負傷し、超人の項羽は負傷しない、ということか。

 眛には項羽がぬけぬけと物を言っているように思えたが、よくよく考えてみると項羽の言は正しい。自分が能力的にも運にも恵まれているのであれば、上に立つ人物は項羽ではなく、自分であろう。そのような事実を目の前の項羽が黙認するだろうか?

……するはずがない。自分は項羽より劣る男なので、彼に服従し、彼によって生かされているのだ。

 

「しかし、このところ私自身、精彩を欠いている気がするのです。戦えば勝てぬだけでなく、自分自身も負傷してばかりで……。怪我が治って戦陣に立ったとしても項王のご期待に添えるような活躍ができるとは思えません」

 項羽は鼻から音をたてて息を吐き、不満の意を示した。

 正直な話、鍾離眛には自分ほどの働きを期待してはいない。それは確かであった。しかし、最低限の働きはしてもらわないと困る。楚軍中で眛ほどの重要な地位にある人物が、理由はどうあれ自分の下を離れることは避けたい。項羽の下からはすでに范増が去り、黥布も去ってしまっていたのだった。

 そればかりではない。今、漢の軍中で軍略を練っている陳平も、もとはと言えば項羽の部下であったし、かつては韓信も項羽の部下であった。これ以上人材の流出を防がねばならない項羽としては、眛をいたわらねばならない。

 

「韓信にやられた矢傷の方は、癒えたのか。思えばあの時も、わしがもう少し早く戦場にたどり着けば良かったのだ。君があのとき受けた傷に関しては、君自身に責任はなく、わしの戦略のまずさから生じた出来事だった。よって、君はもっと自分に自信を持て。そうすればわしは最大限の努力をもって、君の将来を保証しよう」

 項羽の言葉はかつて陳平の策略によって鍾離眛を疑い、結果的に遠ざけてしまったことを意識している。今、項羽は彼なりに自分の行為を反省し、贖罪の意を示しているのであった。

 

「わかっています……私の弱気は、負傷による痛みから発した一時的なものでありましょう。もう少し時間を……。時間が経てば、私の鋭気も復活します。ところでお話に出た韓信の件ですが」

「韓信が、どうした」

「彼をどうお思いになりますか」

 

 鍾離眛の問いに、項羽はしばらく考え込み、やがて言葉を選ぶようにして答えた。

「奴は……不思議な男だ。かつて奴は楚軍にいたころ、何度かこのわしを諌めようとしたことがある。わしを恐れもせずに……。また、奴は無法者の股の下をくぐるような男であったが、戦場では果敢にもわしと一騎打ちをしようとした。これは一体どういうことか? 奴にとってわしは市井の無頼者以下なのか? あの男に腹を足蹴にされたことは、わしにとって一生の屈辱であるのだ」

 

 鍾離眛は韓信を多少弁護するような口ぶりで、それに答えた。

「実を言うと私は、彼とは幼少の頃からの知り合いで、その性格をよく存じております。彼は……本来争いを好みませんが、相手が強ければ強いほど、立ち向かおうとします。どうでもいい相手とは争いもしないばかりか、口もききません。彼は、そういう男です」

「では、わしはめでたく奴に認められたということか。喜ばしい限りだ。……いや、冗談はさておき、実のところ、わしは奴が恐ろしい。味方の時は全く気にもしなかったのだが。韓信は西魏、趙、燕を従え、いま斉を平定しようとしている。眛よ、漢の本隊は実は韓信ではないのか? わしには目の前のひげ親父が実は囮のような気がしてならぬ」

 

 気位の高い項羽にとっては、劉邦などただのひげ親父に過ぎぬ。鍾離眛は思わず笑いを漏らしそうになったが、項羽の表情が真剣だったので、あえてそれを控えた。

 

「韓信が斉を平定し、彭城に入城したら、楚は一巻の終わりだ。しかし、わし自身はあえて劉邦を討つことにする。韓信は、劉邦が死ねば楚に降伏するかもしれないが、劉邦は韓信が死んでも、降伏はしないだろう。確たる理由はないが、そんな気がする」

 

 この言葉を立証するかのように、項羽は斉の王室を救援することを名目に将軍竜且を派遣した。実際は韓信の進撃を止めることが目的だったことは言うまでもない。そして自分は劉邦を相手にしきりに勝負を挑み続けたのである

 項羽が早めの決着を願ったのは、兵糧が不足しているという事情も確かにあったが、東の韓信の動静が気になったということも一因としてあるのだった。

 

 

「天下の者が長らく恐々とおののいているのはなぜか。ただ我ら両名がこの世に存在しているからである。ただ我ら二人が対立し、民はその巻き添えを食っているに過ぎないのだ。わしはこのような現状を深く憂える。願わくは、漢王と二人、単身で戦い、互いに雌雄を決することを望む。わしは、いたずらに天下の民をこれ以上苦しめたくはない」

 

 これは、項羽が対立する劉邦に宛てて使者に言わせた文言で、いわば果たし状である。自己の存在が必要悪であるという自覚を窺わせるあたり、ただ暴虐なだけと言われた項羽という男の真の人間性が見てとれるような言葉であった

 しかし同時に、このときの項羽がどれほど勝負を焦っていたか、それを窺わせる文章でもあ

 

冗談じゃない。わしは腕力を戦わせるのはごめんだ。知恵で戦う」

 劉邦は項羽の挑戦に対し、笑って答えたという。それもそのはずである。一騎打ちなどしたら、項羽が勝つのは目に見えているからだ。

 お前の土俵で勝負するはずなどないではないか、劉邦はそう主張するに違いなく、そのことは冷静な判断力があれば、項羽にもわかるはずであった。

 

 項羽の判断力を鈍らせた原因は、韓信にあった。これより先、項羽はひとつの凶報を耳にしていたのである。

 

「竜且が死んだ、だと!」

 項羽としてみれば、竜且に完全な勝利を期待していたわけではない。しかし、竜且にはせめて自分が斉に赴くまで戦線を維持することを期待していたし、彼にはそれができると思っていたのだった。

「そればかりではありません。高密に赴いた楚兵は悉く殺され、残りはすべて捕虜となってございます。東方へ遠征した楚軍は、全滅です」

 凶報をもたらした使者は、その言上があたかも自分の武功であるかのように、語気を強めて報告した。

「全滅! ……全滅だと……」

 項羽は使者を睨んだが、しかし口から出てくる言葉は呆然としたものでしかなかった。だが使者はその眼光の鋭さに気を取られ、にわかに態度を粛然としたものに改め、報告を続ける。

 

「竜且を殺し、斉王田広を処刑した韓信は、ついに斉王を称した、との由にございます」

 

――韓信め! あの男が、斉王! 信じられぬ。

 項羽はめまいを感じた。自分は韓信を確かに恐れていた。しかし、奴は恐れていた以上の男だった、そういうことか。もう一度、あの男と剣を打ち合い、対決すべきか。

 いや、狡猾なあの男のことだ。たとえ一騎打ちをすることになったとしても、どこかに伏兵を忍ばせておくに違いない……では、どうしたらわしは韓信に勝てるのか? このままでは……。

 

「項王。こうなっては、韓信を懐柔するよりほかありません。味方に引き入れるのです。それしかありませぬ」

 事態を憂慮し、痛む足を引きずりながら現れた鍾離眛は、項羽の耳元でそう囁いた。しかし項羽は、その言葉に同意を示そうとしなかった。

「わしは、討ちたいのだ。いま奴を懐柔しようとすることは、わしが奴に膝を屈することと同じだ。なぜ覇王たるこのわしが……」

 

 項羽は意固地になり、幼児のように駄々をこねた。眛としては、説得するしかない。

「項王が漢王を破るためには、後顧の憂いは取り除いておかねばなりません。たとえ彼を味方にすることが、項王が膝を屈することと同じだとしても、漢王を破るまでの間です!」

「辛抱しろ、というのか! このわしに! それよりもわしが劉邦と対峙している間に、誰かが奴を討て。誰かおらぬのか、韓信に対抗できる奴は!」

 鍾離眛は首を横に振って、答えた。

「おそれながら、私には無理です。ほかの誰もが、そう答えるでしょう」

「貴様らはそれでわしに忠誠を誓っているつもりか

 

 項羽はそう言いながらも、怒気に任せて鍾離眛を斬ってしまおう、という気にはならなかった。情けないことだが、兵糧不足の現状では、項羽自身にも韓信に勝てる自信がなかったからである。

「仕方がない。韓信の下に使者を送ろう。だが、これは……時間稼ぎに過ぎぬ。使者の成否次第では、わしはやはり韓信を討つだろう」

「お聞き入れくださり、ありがたく存じます」

 

 言いながら、鍾離眛は考えた。おそらく、韓信は心を変えず、使者を送ることは結果的に無駄に終わるだろう、と。

 眛の知る韓信は、人の変節を嫌う。嫌いながら、彼自身一度楚から漢へ鞍替えしているのだ。つまり彼は一度変節をしているのであり、二度目は絶対にない、と思ったのである。

 

――信……。お前は、なんという大物になったのだ。あの、剣を引きずって歩いた貧乏小僧が王になるとは……。

 眛にとって韓信はいまや袂を分かった敵同士であったが、それでも彼の栄達は旧友として誇らしいものであった。しかし、

――危険だ。危険すぎるぞ、信……。まさかお前ともあろう者が、栄達に目を眩ますことはないとは思うが……。足元をすくわれぬよう、気をつけろ……。

とも思うのであった。

 足元をすくわれる危険とはどのようなものなのか、眛には具体的に説明はできない。しかし漠然とした感情が彼を不安にさせるのであった。

 

 

 韓信のもとに使者が現れたのは、その後、間もなくであった。

 使者は、名を武渉という。盱眙(くい)の出身で、純粋な楚人であるらしかった。

 

――いよいよ私も、項王に一目置かれる存在となったか。

 韓信は過去を振り返り、自嘲気味に笑った。かつて自分はなにを進言しても目もくれない項羽に不満を持ち、楚を見限った。ところがいまや自分は斉王となり、ようやく項羽に認められる存在となったのである。

 見返してやった、という気持ちは確かにあった。だが、それで人生の目的を達したとは、当然韓信は考えない。

 

「漢王はひどい奴で、あてにできぬ男です」

 武渉はそう言って、話を切り出した。韓信としては、予想どおりの話の展開なので、それを理由に会見を打ち切るつもりはなかった。項羽の気持ちを知る機会はそう多くなく、使者の言上から楚の実情を知り得る良い機会だと考えたのである。

 

「項王は秦を破滅させたのち、将軍たちの功績を数えて土地を割き与え、それぞれの領地の王とし、士卒を休息させました。漢王は功績相応の領地を得ておきながら、勝手にそれに不満を持ち、いまや楚を攻撃しています。欲が深く、満足することを知らない、そんな奴です」

「……ふむ。続けるがいい」

「そもそも漢王は、鴻門で項王に情を受けて、今に至っております。あのとき項王は、漢王を可哀想に思い、生かしてやったのであります」

「そのときの仔細は私も知っている。確かにその通りだ」

「ところが危機を脱した漢王は、何度も約束に背き、項王を攻撃する始末……。奴に親しみをかければ裏切られ、約束をすれば破られる。どうやったらそんな男を信用できる、というのですか」

 

 劉邦に反転して攻撃しろと献策したのは、他ならぬ自分……。この男はそれをわかっていて言っているのだろうか。韓信には武渉が間接的に自分を批判しているかのように思えた。

 しかし、だとすれば劉邦がいま苦境にある根本的な原因は、自分にあるのかもしれない。自分の策に乗って行動している劉邦を見捨てることは、過去の自分の献策が間違いであったことを示すことになる。

 韓信は、そう考えた。

 

「武渉どのは、盱眙の生まれだそうだな。君が項王のもとに仕えている理由をお聞かせ願いたい」

 

 使者の武渉は、突然の韓信の問いに、どう答えてよいのか分からぬ様子だった。

「は……?」

「君は項王が好きか、と聞いているのだ」

 単刀直入なものであったが、これほど答えにくい質問はないだろう。

 好き、と答えれば韓信はそれを否定する理由をいくつも挙げにかかろうとするだろうし、かといって嫌いと答えるわけにはいかない。そもそも項羽の人格には、問題がありすぎた。武渉の好きなのは項羽の人格ではなく、他者を圧倒する武勇だけであった。しかし、それも正直に答えるわけには、やはりいかない。

 

「私は、楚に生まれ、かの地を愛しております。項王は紛れもなく楚を代表する御仁でありますゆえ、お仕えしている次第でございます」

 結局、武渉は当たり障りのない答え方をした。これに対して韓信は、

「なるほど」

とそっけない相づちをうち、付け加える。

 

「要するに、君は楚に生まれたから、楚の天下を望んでいる、と言うわけだな」

「はい」

「楚の国民たる自分が、楚出身である項王を支持するのは自然なことだと。そうだな?」

「はい」

「……嘘だ」

「は……?」

「君が項王に仕えているのは、将来は項王が天下を統一する、彼のもとにいれば安心だ、という打算が理由だ。……いや、気を悪くするな。責めているわけではない」

「いったいどういうことでしょう」

「人が人に仕えるということは、個人に対して忠誠を尽くすということであり、特にいまのような戦乱の時代にあっては、忠誠の対象は国や制度ではない、ということだ。君はあたかも楚に忠誠を尽くすような言い方をしているが、それは偽りで、実際は項王に忠誠を尽くしているに過ぎない」

 

 武渉は韓信の言いたいことがよくわからなかった。

「もう少し、ご説明を」

 

「項王は武力に長け、配下の者には慈愛に満ちた態度で接する。それは確かだ。したがって彼に忠誠を尽くそうと思う者は多いだろう。君もその一人だ」

「その通りでございます」

「項王を信奉する者たちは、項王が楚ではなく漢の主君であれば、盲目的に漢に忠誠を尽くそうとするに違いない。私が言いたいのはこのことだ。人は国にではなく、個人に忠誠を尽くそうとするものなのだ。だが……私はそうありたくない

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