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第 二 部

 

邯 鄲 に 舞 う 雪( 続 き )

 

 

 新たに趙王となった張耳と韓信は、趙の地方平定を目的に各地を巡り歩き、旧趙軍の兵士を駆り集めては、漢王のもとに送り届けた。

 時にはその途中で介入してきた楚軍とも遭遇する。そこで小規模な戦闘を繰り返しながら、国内の安定に務めるのである。

 李左車の策に従い、しばらくは大規模な戦略行動を避けて兵を休息させようとしていた韓信であったが、実際には本格的な休養などはとらせようもなかった。

 

 韓信は、疲労した兵を率いて趙の政治的混乱を収拾しようと画策してはいるものの、そもそも混乱を生じさせた原因が自分にあるような気がして、心やすらかではいられない。とりわけ民衆に思いを馳せれば、なぜ自分がわざわざこの国を攻略しなければならなかったのか疑問に感じる。

 それは軍人としての自分自身の存在意義を疑うことであった。

 

 そして、彼にできることは非常に少ない。韓信は軍卒たちに、決して民衆との間にもめ事を起こさないよう指示を与えることしかできなかった。

「城邑で民衆と悶着を起こした者には厳罰を持って対処する。……仮に問題が生じた場合は、諸君の内なる良心の声に耳を傾けろ。征服者である我々に対する民衆の風当たりは強いかもしれないが、諸君が自制し、度量を示すことによってそれは解決されていくに違いない。決して武器を持たぬ者に武器を向けてはならぬ。……このことを忘れるな」

 

 しかし韓信はこの指示を道徳的な正しさを意識して出したわけではなかった

 彼は、基本的に他人の運命などを顧みることがなかった。自分さえしっかりしていれば逆境は乗り越えられ、乗り越えられない者には、それ相応の原因があるものだ、と考えていたのである。滅びるべき者は、滅びるのだという冷めた態度で人に接するのが常であった。

 

――天下を救うためではない。自分が生き延びるためだ。

 征服地の民衆の支持を得ることができなければ、自分を待っているのは破滅である。それに気付いた韓信が出したこの指示は、民衆のためを思ってのものではなく、人気取りをして自分が生き延びるためのものであった。

 

 そのためか、この訓令は肝心なところで徹底さを欠いた。

 

 人の良心というものは、個人によって尺度が違うものである。韓信はそのことに気付かず、それによって大きな計算違いを犯した。

 

 

 首都の邯鄲の城内は度重なる戦闘により荒廃してはいたが、それでも豪邸に住み、多数の使用人を使い、権勢を振るった生活を送っている者が市井の中にもある程度存在する。

 その大半は秦の統治下における軍功地主の子孫で、分家を繰り返しながらも財力を損なわず、いまに至っても没落せずにいるのであった。

 

 その中で董(とう)氏という名家の一族が、ある夜ひとり残らず惨殺された。使用人も含めて二十三名という人数が、誰にも気付かれず、一夜のうちに死に尽くしたのである。明らかに殺人行為に習熟した者の仕業であった。

 韓信のもとにその知らせが届けられたその日の夜には、同じように姜(きょう)氏の一族が皆殺しにあった。総勢三十一名、逃げ延びた者はまったくいない。

 

 遺体には、大きな損傷がなかった。あるのは頭部または胸部に貫通した小さな穴だけで、調査の結果、至近距離から鏃のない弓矢で射抜かれた傷だと推測された。

 

――狙いが正確だ。隣家の者に気付かれもせず、何人も一夜のうちに殺すとは、相当な腕だ……。軍の者の仕業に違いない。いや、軍の中にもこれほど正確な射撃の技術を持っている者は少ない。ということは……。

 韓信は不審の念を抱きつつも、ひそかに城内の名家に兵を回し、三日三晩、ほぼ交替もさせずに護衛させた。

 

「邯鄲の富豪に個人的な怨恨を持つ者の犯行だろうか。それにしてもわからないことが多い……襲われた董・姜両家は混乱があって多少荒れてはいたが、失われた財物はないそうだ……」

 韓信は蒯通を相手に話しながら、不覚にも居眠りをしてしまった。

 

「将軍、横になってお休みになられた方が……。将軍に体調を崩されては元も子もありません」

「いや……すまぬ。眠くて横になるのも体調を崩して横になるのも、与える影響は同じだ。どちらにしても私が不在となることに変わりがない。やはり、起きていることにしよう」

 

 韓信は眠い目をこすりながら、そう言って姿勢を正した。

「今日あたり、犯人の手がかりがつかめそうな気がするのだ。これは単なる勘なのだが……犯人がただの物盗りではなく、邯鄲の富豪に恨みを持つ者であれば、たとえ我々が護衛していても目的を達しようとするだろう。犯人が我が軍内にいるとすれば、我々が趙国内に駐屯している間だけがその機会だからな」

 

 蘭が話の輪に加わった。

「やはり、将軍は……犯人は我が軍の中にいると、お思いですか?」

 

 韓信がそれに答える前に、蒯通が答えた。

「魏蘭どの、当然ではないか。一度に二十人も三十人も殺せる者が市民の中にいるものか。しかも犯人は証拠隠滅のために矢を回収しているが、そのために貫通した矢が抜きやすいよう、わざわざ鏃のない矢を使用しているのだ。弓矢に精通している者にしかわからない知恵だと言えよう」

 

 蘭は悲しげな顔をして、それに答えた。

「では……、犯人が軍の者である以上、断罪するのは将軍のお役目、ということになりますね。なんだかとても……いやな予感がします」

 

 韓信も同調した。

「気は進まないが、事情がどうあろうと死罪を言い渡すしかあるまい。もちろん、見つかればの話だが」

 

 蒯通は韓信が戦場以外で人を殺すことにためらっていることに気付き、故事を引き合いに出して話を進めた。

「小耳にはさんだのですが、いま大梁周辺で楚軍の後背を襲いつつけている彭越という将軍がおります。彼は挙兵するにあたって、地元の青年たちから首領となるよう要請されましたが、いちどはそれを断ったのだそうです」

 

 韓信も蘭もなんの話かよくわからなかった。蒯通の話はいつも回りくどく、理解しにくい。

「で?」

 

「彭越は再三青年たちから要請されたので、渋々挙兵を決めたのですが、その割には青年たちに緊張感が足りず、自分に体する服従心も足りないと感じた。そこで彭越は決起の集合時刻に遅れた者をその場で即刻斬り殺し、軍神への生け贄としたのだそうです。それ以降若者たちは彭越を恐れ、軍律が定まった、と聞いております」

「ふむ……」

「また孫武(そんぶ・春秋時代に呉国で活躍した兵家の権威。「孫子」の著者)主君の呉王に兵法を説く際、宮中の婦人一八〇名を仮想の兵士に見立て、ふたつの隊にわけて説明したといいます。そのとき孫武は呉王の側室である寵姫二人をそれぞれの隊長に任じましたが、孫武が号令をしても女どもは笑うばかりでいうことをよく聞きませんでした。そこで彼は呉王が制止するのも無視し、隊長である寵姫二人を斬り捨てたのです。以降、婦人たちは号令に粛然として従った、といいます」

 

「その話なら、知っている。蒯先生は私になにを言いたいのか」

「お分かりでしょう。兵や民衆を従えるには、口で命令しても徹底するものではありません。恐怖心を植え付けることが必要なのです。おそれながら将軍にはそれが足りないように私には思えます。断固とした決断が必要ですぞ」

「……わかっている」

 

 

 そしてその日の午後には、犯人が捕らえられたという知らせが韓信の元に届いた。顔をふせ、両脇を軍吏に抱えられて引きずられながら、一人の男が韓信の前に姿を現した。

 

 韓信は半ば想像していたことではあったが、それが間違いであることを祈り続けていた。

 しかし、軍吏が髪の毛を引っ張って犯人の顔を上げさせたとき、自分の祈りが通じなかったことを、自覚せざるを得なかった。

 それは韓信が最も信頼していた男の中のひとりだったのである。

 

「……カムジン……!」

 

 

 物心がついた年ごろには、彼は馬の背に跨がっていた。

 

 当時の馬には鞍(くら)はあるが鐙(あぶみ)は発明されておらず、幼い彼はよく落馬したものである。

 それでも彼は言葉を覚えるより先に馬の扱いを完全に習得し、まともに手綱を握らなくても自在に扱えるまでに至った。

 さほど血のにじむような努力をした、という意識はない。ただ、楼煩人としての血がそれを可能にさせるのである。

 

 楼煩なら楼煩らしく、北の地で狩猟や牧畜をして暮らしていれば幸せだったことだろう。しかし中原のみならず、長城より北の地にも野心は存在する。匈奴と月氏の争いに端を発した争乱で、楼煩は匈奴に併合され、その多くの者は中原に逃れた。

 

 楼煩人は趙の北のはずれに居住地を与えられ、そこで静かに昔ながらの狩猟生活を送ろうとしたが、そこには獲物となる獣の数が少なかった。よって彼らは遊牧民族ならではの騎射の技術を生かし、それを軍事に転用して生計を立てようとした。

 かくして諸国間に散らばった楼煩の成人男子たちは、確たる民族的目的も持たず、楼煩人同士相撃つこととなったのである。

 

 多くの者が戦死し、彼の父親もどうやら戦死したようだった。彼の母親は生活のための収入を得ようと、彼を邯鄲の富豪に売った。

 

 

 少年期に親元を離れた彼にとって、母国という概念は存在しなかった。というのは、彼は習得不充分のうちに楼煩の居住地を離れたために、母国語もろくに喋れなかったからである。

 そして邯鄲にきてからも、周囲の人間がなにを言っているのか、ほとんど理解できなかった。

 

 自分はいったいどこの何者だという思念は常に彼に付いて回る。しかしそれさえも頭の中ではっきり考えることは不可能で、あるのは漠然とした言葉にできない不満だけであった。

 思いや感情を言葉で表せない彼にとって、話が通じる相手は馬しかいない。彼は、自分が馬の生まれ損ないではないかと考えるようになった。

 

 奴隷の売買は春秋時代の末には禁止され、以後後漢の代になるまで復活しない。しかしこれは社会制度として奴隷制をとらなくなった、というだけであり、個人で奴隷を所有する風習はこの時代にも依然として残っていた。

 カムジンは明らかにその中の一人で、もっぱら馬の世話をして少年時代を過ごした。

 

 彼が調教すれば、どんな駄馬でも駿馬と育った。

 奴隷主はそれを喜び、馬を買い集めては彼に調教させ、商品として市場に出し、多額の利益を得た。

 奴隷主はそれに満足すると、今度は彼自身を商品として他の富豪に売り渡した。馬を見事に育て上げる能力のあった彼は、商品として高く売れたのである。

 そういったことが二度、三度と繰り返された。

 

 しかし、どこに行ってもまともに人語を操れない彼は、人と馴染めなかった。そのため彼を買った富豪たちは彼を蔑み、同じ奴隷仲間でさえも彼を自分たち以下とみなしたのである。

 

「私……馬と話せば……心が和みます……けど、それを求めているわけでは……ありません。馬などよりも……人と話がしたい……でも、人は誰も……私を人として……見てくれませんでした」

 カムジンは観念しているのか、たどたどしい言葉遣いながら、淡々とした態度で話した。

 

「馬語しか話せない男か。しかし現在の君はそうではない。少なくとも私は君を人として信用していた」

 韓信は自分で意識したのであろうか、過去形でカムジンに対して話した。

 

 しかしそのような言葉の機微はカムジンにとって理解できないことであった。

「その通りです……将軍は、私を……人にしてくださいました。……でもそれが間違いだったのかもしれません……人としての意識が……自分の中で……明確になっていくにつれて……私は……過去の屈辱を……晴らしたいと……思うようになったのです」

 

 そういうこともあるものか、と韓信は思う。

 しかし韓信は卑賤の身であったことはあるが、奴隷として扱われた経験はない。本当の意味でカムジンの立場が理解できたかどうかは自分でも怪しい。

「カムジン、覚えているか……。私は良心に従え、と言った。そこで聞く。君が復讐しようとする時、君の良心は何を告げたのか?」

 

 カムジンは答えを迷わなかった。

「私は……紛れもない人であります……それを理解できない者は……人ではない……馬鹿です。馬鹿は死なねば治らない……殺さなければまた馬鹿なことを……しでかします。私の良心は……彼ら馬鹿者どもを……殺すことを是と告げました」

「後悔はないか」

「……ございません……」

 

 韓信はため息をつきながら、それでも意を決して言った。

「カムジン、君に死罪を命じ渡す……。君が人でなく、馬や牛であったなら、私は今回のことを単なる事故として処理し、君を助命するだろう。しかし、君の言う通り、君は紛れもなく人だ。人である以上、罪は免れない」

 

 背後にいた蘭は、我慢できずに叫んだ。

「将軍! ご慈悲を……お願いです」

 

 しかし当のカムジンはそれを受け入れ、深く頭を垂れた。覚悟のうえでの行為だった、ということなのだろう。

 

「いや、蘭よ……罪人とはいえ、罪を罰せられることは人としての証である。私は彼を最後まで人として扱いたい……カムジン、人として死ね……。君と私の仲だ。私が自ら君の首を刎ねよう」

 韓信は剣を抜き、カムジンに歩み寄った。だが、その手が震えるのを抑えようがなく、歩を進めるごとに決心が鈍る。

 

「……言い残すことはないか」

 本当は自分の方が言いたいことは多い。

 しかし、言い出せばきりがなかった。

 

「将軍、いままでありがとうございました。将軍は私を人にしてくださったばかりか、一人前の男にしてもくださいました。そして一人前の男のまま、死ぬ機会を与えてくださったのです」

 それはカムジンが初めてつかえることなく明晰に放った言葉であった。きっと最後の言葉としてあらかじめ準備しておいたに違いなかった。

 

「……すまない、カムジン」

 

 なぜ自分が謝罪の言葉を口にしたのかは、よくわからない。しかしそれ以外に彼にかけてやる言葉は見つからなかった。

 

 韓信は自らの手で剣を振り下ろし、カムジンの首を斬りおとした。

 

 若き勇者はゆかりの趙の地で、その一生を終えたのである。

 

 蘭はそれを見て、泣き崩れた。

 韓信は事を終え放心したが、やがてこの出来事を忘れないようにと木簡に書を記した。

 

――かつて奴隷にして、現在は漢の勇猛たる武人咖模津、十二月、罪を犯して斬首される。その死に対する態度はいさぎよく、それは彼が奴隷などではなく、紛れもない武人であることの証左であった。

 

 最後の文字は手が震え、うまく筆を運べなかった。

 それは韓信が自分の行為を後悔しているからか、折しも降り始めた雪のため、寒さに手が凍えたからなのかは、よくわからなかった。

 

 

 これが紀元前二〇四年十二月のことである。

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