NEW

トップページ | 目次 | 著者のページ | ご意見・ご感想はこちら

item8 item9 item4a item11 item12 item13 item10
第 一 部

 

鴻 門 の 会

 

 

 函谷関を破り、戲西(ぎせい)に入った項羽軍のもとにひとりの使者がやって来た。劉邦麾下の曹無傷(そうむしょう)という男の使者だという。

 引見した項羽は押し黙ってその使者の言上を聞いた。

 

「沛公は、関中王になりたい一心で関を閉ざし、子嬰を宰相として、あろうことか秦の財宝をことごとく接収しつくしました。悪逆なことこの上ありません

 

 このときの項羽の思いは、ひとことでは説明し難い。劉邦に対する嫉妬か、それとも自らの不運に対するやり場のない恨みか、複雑に絡み合う感情を整理しようと、しばらくの間無言でいた。

 

――そもそもは、懐王が悪い。

 真っ先に関中入りした者を関中王とする、などと言いながら、項羽と劉邦に課せられた任務には、困難さの度合いが違った。項羽が劉邦の立場であったら、もっと早く関中入りに成功しただろう。懐王は人選を誤ったのだ。

 

――劉邦とは、いったい何だ?

 項羽から見て、劉邦などはろくに軍の指揮もできないような男である。戦うたびに負けてばかり、叔父の項梁に兵を借りにきてばかりのろくでなしだった。それに対して自分はあの章邯をも打ち負かした。楚軍随一の武勲は自分にある。それなのに関を閉ざして締め出そうとするとは、項羽には劉邦が面の皮が厚い男にしか思えず、自分が軽んじられているような気がしてならなかった。

 

――従わない者は、滅ぼすまでだ。

 ついに意を決して立ち上がった項羽は、全軍に指令を下した。

 

「明日、士卒を饗応せよ。全員がたらふく食い終えたあと、劉邦の軍を攻め滅ぼす」

 

 明日には雌雄が決する。韓信はこのとき自分の身の置き場所について真剣に悩んだ。

 

――正しい側につきたいものだ。

 誰でも自分が正しいと思うから、戦う。しかし自分が正しくないと思えば、戦う理由はない。

 

 韓信には今回は劉邦が正しいと思えた。懐王はいくら傀儡だといっても、その発言は王命であることには違いなく、それを忠実に守っているのは劉邦であって、項羽ではない。韓信はまたしても項羽に意見することを決めた。

 

 その日の夕刻になって、韓信は項羽に面会を求めた。

「お前は変わった男だな。郎中という立場もわきまえずに、わしにたびたび意見しようとする。その努力を戦地でも示すべきだとは思わないのか」

 項羽が韓信を見て発した第一声がそれであった。揶揄と言っていいだろう。

 

「必要があれば、そういたします。ですが戦地では将軍の武勇が常人の数倍ございますので、私ごときが剣を振ったところでたいした足しにはなりますまい」

 韓信の返答は追従のようでもあり、嫌みのようでもあった。

 

「……用件を申せ」

 

 韓信は項羽が機嫌を損ねるのに構わず、話しだした。

「将軍は明日、沛公を討つおつもりでしょうが、それは間違いだと私は思います。門を閉じて守備兵を置くなど行き過ぎの感はありますが、沛公は懐王の命を守ったに過ぎず、これを討つとあっては将軍が懐王の命に背く形になります。将軍は反逆者の汚名を着せられることになりましょう」

 

 項羽は目を怒らせた。

「はっきり言う奴だ。気に入らぬ。だが、聞こう。お前の考えでは、わしはどうするべきか?」

 

「沛公は関中王となりましょうが、沛公自身、自分の立場はわきまえておられるはず。将軍の武勲は楚軍随一のもので、沛公とてもそれに反論はできますまい。将軍は沛公と会見の場を設けて、王座の禅譲を受けるべきかと存じます。沛公にはそれに見合った地位を与えればよろしいかと」

 

 項羽は右手で両方のまぶたを押さえつけ、考え込む仕草をした。

「考えてみよう。しかし、考えるだけだ。実行はせぬ。なぜならば、わしが会見を申し込む理由などないからだ。王座を譲ってほしいから会ってくれ、とでもわしが言うと思うのか? それでは筋が通らぬ。向こうがわしに遠慮して会ってほしいというのであれば、お前の言う通りにしてやってもいいが」

 項羽はそう言って、韓信に退出を命じた。

 

――もういい。言うべきことは言った。あとは沛公の出方次第だ。

 韓信は項羽の言葉の端々から、王座よりも戦いを欲していることを感じた。

 

――そんなに戦いたければ、戦えばよい。だが今度こそ私は加勢しない。

 

 

 

 韓信に退出を命じて、ものの数刻も経たないうちに項羽のもとへ次なる面会人が現れた。

 

 項羽の叔父、項伯(こうはく)である。

 項羽の叔父ということは項燕の息子にあたり、これは同時に項梁の兄弟であることを意味するが、二人が本当の兄弟らしい歴史上の記録はない。別の腹から生まれたものであろうことは間違いないと思われる。

 項伯は項燕の息子の中では末弟であった。

 

 この項伯が項羽に面会していちばんになにを述べたかと言えば、

「先ほど、沛公にお会いしてきた」

と、いうことであった。

 

 項羽はこれには驚き、

「劉邦と叔父上は個人的な関係がおありでしたか」

と、問いたださずにはいられなかった。

「直接にはない。いや、なかった。わしは沛公に仕えている張良と以前より交流があってな。今日はそのつながりで沛公にお目どおりかなった次第だ」

 

 項羽は不審を抱かざるを得ない。明日叩き潰す相手に会いにいくとはどういう魂胆であろう。相手が叔父とはいえ、話の内容次第では許すべきことではなかった。

 

「叔父上と張良はどんな関係ですか」

 項伯は真剣なまなざしで答えた。

 

「ひと言で申せば、義の関係だ」

……詳しくお聞かせ願いたい」

 

 項伯は以前、人を殺めたことがある。それがもとで秦の官憲に追われ、逃亡生活を余儀なくされたが、そのとき彼を匿ったのが張良その人であった、という。

「張良は、そのとき下邳(かひ・地名)に潜伏していた」

「潜伏とは……? 張良はなにかしでかしたのですか」

「始皇帝が巡幸で博狼沙(はくろうさ)にさしかかった際に、襲撃を加えたのだ。力士を雇い、二人で巨大な鉄槌を轀輬車めがけて放ったそうだ。しかし、狙いが外れて鉄槌は隣の車両に当たった。それ以来逃亡を続け、下邳に潜伏していたとのことだ」

 

 張良は韓の遺臣であり、その家は代々宰相を務める名門であった。彼は弟が病死しても「費えを惜しむ」として葬式も出さず、始皇帝を刺し殺す刺客探しのための資金を蓄えたという。その資金を投じて力士を雇ったが、計画は失敗に終わったのだった。

 

「張良のことは、一度見たことがあります。楚に懐王を擁立した際に、韓も復興するべきだと主張して、それがかなえられたのでしたな。あの時の張良の印象は、線が細く色白で、まるで婦女子のような感じでした」

 

 項伯は頷いた。

「外見は確かにそうだ。しかし彼の情熱は誰よりも激しい。……わしを保護してくれたのも男伊達の精神からだ。侠の精神だ」

 

 侠とは、こんにちでいう単に「やくざ」という意味合いとは違い、義のために命を惜しまない精神のことで、一度受けた恩義に対しては、たとえ死んでも義理を返す、という行動原理のことである。彼らにとっては恩義に報いることが自らの命よりも重要なことであったので、当然法律などよりも優先されることであった。また、恩義を施す側は礼などを求めたりしてはいけない。なにも言わずに助けることで、自分が困窮したときには相手が助けてくれるのである。

 

 いわば侠とは殺伐とした古代社会に生きる個人同士の相互扶助の契約のようなものだった。

 

「わしは張良から恩義を受けた。受けた恩義は返さねばならぬ。そこでわしは張良のもとへ行って、一緒に逃げようと誘ったのだ」

 項羽にも義や侠の精神はわかる。したがって項伯の行為を咎めたりはしなかった。

item2

 項伯はさらに続ける。

「しかし張良は、沛公を見捨てる気にはならない、とそれを断った。そこでわしは沛公と会い、張良の媒酌で義兄弟の契りを……」

 

 項羽はびっくりした。

「なんと申した、叔父上?」

「義兄弟の契りだ。わしも最初は戸惑ったが、張良を救うにはこれしかない。羽よ、明日の朝早く沛公と会見の場を設けるのだ。沛公は釈明したいと望んでいる」

 

 項羽は迷い、部屋中を歩いて回ったが、やがて意を決したように立ち止まると項伯に対して宣言するかのように、声を張り上げた。

「いいでしょう。しかし、会うだけです。許すとは限りません。劉邦の態度次第では斬り捨てることも叔父上は覚悟してください。それでいいでしょう」

 

 項伯は静かに語った。

「もとより沛公が関中を破らなければ、羽よ、おまえは関内に入ることができなかったかもしれない。沛公は関中入りして以来、少しも財物を私にしたことはなく、吏民を帳簿に載せ、庫を封鎖しておられる。また、子嬰を宰相にしたというのは虚言であり、沛公は子嬰を捕らえ、おまえの沙汰を待っているというのが事実だ。これは大功と言っていい。大功をたてた者を討つのは不義だ。厚遇したほうがいい」

「考えておきましょう」

 

 退出した項伯は疲れを感じ、自嘲気味に考えた。

――侠とはいっても、わしにできることはここまでのようだ。しかし、もういい。言うだけのことは言った。

 

 

 夜はすっかり更け、そろそろ寝所に移ろうかと考え始めた頃合いである。項羽のもとにこの夜三番めの面会人が現れた。范増である。

 

「亜父。まだ休まないのか」

 亜父とは范増をさし、項羽のみが使用する尊称である。「父に次ぐもの」という意味を持ち、肉親以外でもっとも尊敬する者に対して使う。項羽はその暴虐・残忍な行動から、独断専行的な印象が強いが、こうして范増を慕い、頼りにしているところを見ると、一概にそうだとも言えないようである。

 

 范増は老齢なため、項羽ほどの体力はないが、気性の激しい男である。

 項羽と同様に暴虐、残忍な面を持ち合わせ、さらに年齢を重ねて冷淡さも持ち合わせていた。

「先ほど、項伯どのと廊下で擦れ違った。なにを話しておいでか?」

 

 項羽は面倒くさそうに返事をした。この老人の策略は聞く価値があるが、近ごろは説教くさくなってきている。夜も深くなり、眠くなってきた項羽は、范増の相手をするのが正直煩わしかった。

「叔父は劉邦を助けてやれ、と言った。関中で庫を暴いたというのは虚言だと。秦王を宰相にしたというのも嘘らしい。だから明日の朝早く会見し、劉邦の話を聞いてやってほしい、とのことだ」

 

 范増は苦虫を潰したような顔をした。

「将軍は、それを承諾なされたのか。……よいか、将軍が天下を望むのであれば、いずれ劉邦は邪魔な存在となる。それがわからぬ将軍ではあるまい。であれば、早いうちに処断するのが得策であろう。今、すべては虚言だったと言うが、もともと劉邦などは財物を貪り、好色な、くずのような男であったのだ。そんな男が咸陽では財物には手を付けず、婦女を近づけないとしたら、これは、ただごとではない。天下を望む証拠であろう。よってわしは委細構わず攻め滅ぼすべきだと考えるが、将軍が明朝劉邦と会うことを決めたのであれば、うるさくは申し上げまい。次善の策を執るだけである」

 と言って項羽に迫った。いよいよ面倒になった項羽は、反論はせずに范増の話したいことを話させてやった。

 

「次善の策とは、何だ」

「会見の席で、わしが機を見て合図をするゆえ、その場で刺殺なされよ」

 

 范増の目は暗がりの中で、輝いて見えた。謀者特有の目であった。

 項羽は今宵面会した三名がそれぞれ勝手なことを言うので、判断に迷った。范増に対しては、いったい何と答えて良いかわからない。結局、

「承知した」

とだけ答えるにとどめた。

item16 item16c item16d item17a item18

トップページ | 目次 | 著者のページ | ご意見・ご感想はこちら