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第 四 部

 

皇 帝 と 楚 王( 続 き )

 

 

「生きていたのか」

 

 二人の再会は、劇的なものであったが、双方にとって心から喜び合えるものではなかった。

 韓信は鍾離眛が自分を殺しにきたのではないかと疑い、鍾離眛は会いにきたものの、韓信が自分を受け入れてくれるかどうか確信がなかったのである。二人の間には、お互いに探りを入れる態度が見え隠れした。

 

「信……まだ、その剣を」

「うむ。……親父は、いい贈り物をしてくれた。この剣は、長らく続いた戦乱を生きぬき、ついに折れることがなかった。しかしだからといって大事に隠していたわけではない。この剣は多くの者を斬った。……時には望まぬ相手も」

「……そして、その剣は私の首も斬るのか」

 

 眛の言葉にはっとした韓信は、剣を鞘に戻し、態度を改める。

「私が君を斬るはずがないだろう……。君次第だが。さっき君は、危害を加えるつもりはない、と言った」

「その通りだ。嘘ではない……実は、君に頼みがある」

 韓信は内心の不安を隠し、鍾離眛を信用することにした。人を信用することをあまり得意としない彼であったが、それでも心を許せる相手はこれまでに何人かいたのである。

 もっとも付き合いの長い眛が、自分を殺そうとしているとは、さすがの韓信も、考えたくはなかった。

 

「言ってくれ」

「……君の母上の墓で待っていれば、いずれ君は現れると思っていた。君の母上を弔ったことが、遠い過去のように思える。なぜ、こんなことになったのか……いや、すまぬ。余計なことだった。率直に言おう。……助けてほしい。匿ってもらいたいのだ」

「! 驚いたな……。君だけか? 部下の者はどうしたのだ」

「散り散りになってしまった。彼らがどうなったのか、私は知らない。私は、ただ一人路頭に迷い、こうして身を潜めている。君とは別の運命を選んだ結果が、この有り様だ」

 

――あの気位の高かった眛が、たった一人、墓の前で……。

 そう思うと、哀れである。しかしあえてそのことには触れまい。生き残ったことは幸運に違いないが、潜伏の日々は眛にとって耐え難い屈辱であったことだろう。

 

「有り様などと……そんな言い方はよせ。私としては、君一人だけの方が匿いやすい。お互いに死地をくぐり抜けて、こうして再会できたのだ。私が君の頼みを聞かないはずがないだろう」

「そうか……そう言ってくれると、助かる」

 韓信は結局鍾離眛を自分の屋敷に匿い、世話をすることにした。

 しかし、これはかなり危険なことである。朝廷は、楚の残党を見つけた者に報告の義務を課しており、どれだけ長い期間にわたって眛を匿い続けたとしても、ほとぼりが冷めるということはないように思われたのである。

 ましてや彼はただの残党に過ぎぬ人物ではなく、楚の宿将であった。皇帝が見逃すはずがない。

 

 韓信としてもそれに気が付かなかったはずがなく、自分が危ない橋を渡ろうとしていることを自覚していた。しかし、だからといって親友を見捨てる気にはなれない。

 それは、この時代の社会が共有していた「義」の感覚に基づくものによる。かつて項伯が旧縁の張良を通じて劉邦の危機を救ったように、義の概念は、敵・味方という関係の上にあるものなのであった。

 つまりこの時代の人々にとって、個人的な誼は、公的な関係を上回る。

 

――皇帝も、かつては敵の重鎮に危機を救われたことがあった。だとすれば、私が敵の重鎮を匿ったからといって……眛自身がなにも怪しい行動を起こさなければ……問題は起きないだろう。このことで私の罪を咎めるとしたら……それは過去の皇帝自身の行為も許されぬこととして認めることになるのだ。

 韓信はそう考えた。しかしこのことがのちの彼の運命を決定づけることになる。見通しが甘かったと言えばそれまでだが、自分が皇帝を裏切ったという感覚は、彼にはない。

 もし真相が暴かれたとしても、話をすればわかってもらえると思っていたのである。

 

 あるいは彼は、自分が皇帝と対等に話をできる特別な存在だと無意識に自覚していたのかもしれない。しかし、これを人に言わせれば、「つけ上がっている」ということになるのである。

 

 

 韓信の統治者としての能力に関しては、史料にさほど記録が残されていない。

 ごくわずかに、韓信は国入りした当初から、県や邑を視察して回り、その際に軍兵を引き連れ、重厚な隊列を組んで行動した、という記述がある。

 戦いが終わり、大勢が定まったとはいえ、王朝創業時における油断できない世の中である。どこかに反乱分子が潜んでいるかもしれず、常にそれに対する警戒を解かなかった、ということがその行動の一因としてあるのだろう。

 しかし、はたしてそれだけであろうか。

 想像するに、おそらく油断できないと感じたことは間違いない。だが、彼の警戒心はどこかに潜んでいる反乱分子だけではなく、民衆にまで向けられていたように思われるのである。

 

 世に出る前から何度となく自分を取巻く人々の予測不可能な行動や言動のために屈辱を味わい、将軍として戦うようになってからも、人の変心や裏切りを幾度となく目にしてきた彼にとって、憎むべきはうつろいやすい人の気持ちであり、利に傾きやすい人の心であった。

 当時の社会には道徳観念として、義や仁、孝の精神はあったが、それらはいずれも個人に関する行動原則であり、公的な意味合いは薄い。

 当時の人にも他者を思いやる心がないはずはなかったが、それが「忠恕」という概念として一般民衆の間に浸透していくのはもう少し先の話である。

 つまり、当時の社会は身内に対しては手厚く接するが、赤の他人に対しては酷薄な社会だったのである。

 

 極端に言えば、自分たちの利益のためには、他者を陥れても構わないというのが春秋時代以来のこの大陸の習わしであった。それを時代の変化にあわせて正そうとしたのが法であり、秦はこの法に基づいて民衆を統治しようとしたのである。

 

 楚における韓信の行動も、それに近いように思われる。

 城中を隊列を組んだ軍の行列が闊歩するという殺伐とした光景は、韓信の民衆に対する示威行動であり、法や軍律で社会を統治しようとした意志の現れではなかったか。あたかも邑や里に存在する小さな悪事も許さない、とでも主張しているかのようであり、もし韓信が潔癖な性格であったとすると、充分ありそうなことに感じられるのである。

 

 しかしこれはあくまで想像であり、事実そうであったかどうかはわからない。

 史実から読み取れることは、韓信の軍による統治を民衆は好ましく思わなかった、ということぐらいで、事実、翌年(紀元前二〇一年)になると、皇帝劉邦のもとに韓信の謀反を訴える上書が届けられている。おそらくこの上書の届け主は平民ではないだろうが、韓信のこのような統治策を快く思わなかった者によるものだろう。

 

 その上書の内容も定かではない。

 しかし、このとき漢の中央は楚の残党狩りに熱心で、懸賞金をかけて捜索させていたころであったことを考えると、あるいは韓信がひそかに鍾離眛を匿っていることを知った者が、そのことを密告した内容であったとも想像できる。

 

 櫟陽の朝廷は、その密告の話題で持ち切りとなった。

鍾離眛は、一人ではなにも出来まい。放っておいても構わないではないか」

 

 そう言ったのは、蕭何である。人というものは追い込まれると悪事を働く、というのが彼の持論である。厳しく取り締まることは、かえって状況を悪化させるように思われ、鍾離眛を捕らえることにも、韓信を誅罰することにも気が進まない。

 

鍾離眛ごときは、問題ではない。重要なのは、奴の後ろ盾に楚王がいることだ。楚王と鍾離眛が結託して、朝廷を転覆しようとすれば……相手は楚王なのだ。我々としては、ひとたまりもない」

 周勃が反論する。何度か将軍として韓信の指揮下で戦ってきた彼は、韓信の武勇を恐れ、そのことに危機感を抱いているようであった。

 

「しかし、確かに密告はあったが、それが事実かどうか、まだ確認は取れていない。仮に内容が事実だとしても韓信が朝廷を転覆しようとするとは限らん」

「蕭相国! 相国は実際に戦闘をした経験がないからわからんのだ。楚王韓信の軍事的才能は、並ではない。わしは京・索でも垓下でも彼の戦いぶりを間近で見てきた。奴の指揮のもとに戦えば、いくさ下手な将軍ばかりが配下として名を連ねていたとしても、最終的には勝ってしまうのだ。そんな男を敵に回したくない。味方でいるうちはいいが……鍾離眛隠匿はいいきっかけだ。これを機に処断した方がいい」

 

「周勃……いくさ下手の将とは、お前自身のことか

 議論の場に失笑が起きた。

 発言の主は、皇帝の劉邦である。このときの劉邦は、どこか眠たそうな態度であり、会議そのものに気乗りしない様子であった。ことさら冗談めかして周勃を笑い者にしようとしたのは、その現れである。

 

「否定いたしませぬ。韓信に比べれば、私などはいくさ下手と揶揄されても仕方がありません」

 答えた周勃の表情は、真剣そのものである。彼は、議題を冗談の種にしてうやむやにしてしまうことを許さなかった。

 

「では、ためしに聞くが、この中に楚王韓信と戦って勝てると思う者はいるか」

 劉邦は聞いたが、誰も反応しない。

 

「樊噲、お前、どうだ」

「めっそうもございません。手前などは、ただ目の前の敵を殺すばかり……楚王のような百里をも見通す戦略眼は持っておりませぬ。ですが、やはり見逃してはならない事態だと……楚王は誅罰すべきです」

「夏侯嬰は」

「同感です。しかし、その方法が問題でして……楚王と戦って勝てるか、と聞かれれば、とても無理です、としか答えようがありません。馬の扱いなら勝てましょうが……」

「ふふ。話にならんな! ……灌嬰、お前は?」

「私は……楚王を捕らえたり、誅罰したりすることには反対です。そもそも楚王は武勇のみならず、智においても今この場にいる誰よりも上回っておいでです。知勇兼ねそろえる、とはまさに楚王のようなお方を指していうのであって、無力な我々が浅知恵を振り絞って戦ったとしても、とても勝ち目はありません。まして、楚王は人格的にも、すぐれたお方です。かつて項羽は楚王を自軍へ迎えようと誘いましたが、賢明な楚王は皇帝への臣従を誓い、それを断ったのですぞ」

「そのことは、お前にいわれずとも既に知っている。わしは、お前に韓信に勝てるかどうかだけを聞いているのだ」

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「……勝てません。とても」

「そうか。軍事では勝てないとあらば、策略を用いるしかないな。……陳平! ここにいる者たちに仔細を説明せよ」

 

 御前会議の場に、策士陳平が呼ばれた。

 韓信のもとに仕えること長く、その性格を知り抜いていた灌嬰にとって、嫌な予感がしたことは言うまでもない。

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