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第 四 部

 

皇 帝 と 楚 王

 

 

 紀元前二〇二年二月二十八日、劉邦は皇帝を称した。

 型通り三度辞退し、四度目で受ける。これこそ権力欲をあらわにしないための礼儀作法であり、「自分はそんな柄ではないが」と謙遜し、「諸君がどうしてもというならば」という形をもって至尊の位につくのである。

 いかにもわざとらしく、当時でもしらじらしい印象を受けた者はいたことだろう。

 

 その劉邦は臨時に帝都を雒陽(洛陽・火行に由来する漢は水に由来するさんずいを忌み、洛陽を雒陽と改名した)に定め、その南宮で酒宴を催した。

 

 その酒宴の場で皇帝は、配下の者たちに問うたという。

「君たちは隠すことなく、朕に実情を述べてみよ。わしがどうして天下を得ることができたのか、さらには項羽がどうして天下を失ったか」

 このときの劉邦の一人称は、「朕」と「わし(吾)」が並存している。慣れていないためか、それとも形にこだわらなかったのかは不明である。

 

 それはともかく、この劉邦の問いに対して、ある高官がこう答えた。

「陛下は人を見下げて侮ってばかりですが、項羽は仁義に厚く、慈愛に満ちた態度で人に接します」

 

 これなどはおよそ皇帝に対する話し方ではない。中国の皇帝というものは、人々にとってほぼ神に等しく、臣下が直接話をすることも許されない、という印象が強いが、この高官は面と向かって皇帝の欠点をあげつらっているのである。

 おそらくこれは劉邦が屈託のない性格だったこともあるかもしれないが、まだ皇帝の権力が完全に確立されていないことを示しているのだろう。

 

 高官は話を続けた。

「ただ陛下は、人に城を攻略させた際、功ある者にその城を惜しみなく与えました。項羽は賢者を疑い、能者に嫉妬し、土地を得ても人に与えなかった。これこそ、彼が天下を失った理由です」

「ふうむ!」

 劉邦はこれを聞き大きく鼻息を漏らした。不満とも面白がっているともとれる仕草である。

 

「いかがでしょう」

「公は一を知りて二を知らぬ」

 見識が狭いことを示す荘子の言葉である。学がないといわれている劉邦がこの言葉を口にしたことから考えると、この時代にはすでに慣用句として用いられていたようだ。

 

「聞け。はかりごとを巡らし、勝利を千里の彼方から決する能力においては、わしは子房(張良)に及ばず、国家人民を鎮撫し、糧食を絶やさず士卒に給することでは、わしは蕭何に及ばない。また、百万の軍を率い、戦えば必ず勝ち、攻めれば必ずとる能力……。この能力において、わしは韓信に及ばない。この三人は皆、揃って人傑であるが、わしはこの三人をよく使うことができた。これこそがわしが天下をとった理由である。それに対して項羽はたったひとりの范増をよく使うことができなかった。これがわしに敗れた理由なのだ」

 そう言って、劉邦は笑った。あらかじめ用意していた文章のようであり、言いたくてたまらなかった台詞のようであった。

 

 そばでこれを聞いていた夏侯嬰の目に、涙が浮かんだ。

 感動したのではない。あくびをかみ殺していたのである。

 

――結局は自分が答えるのなら、最初から下問などしなければいいのに。

 三人の人傑を今後どう扱うか……使うことができたと豪語する皇帝に、彼らがいつまで使われる立場に甘んじるか。それが懸念材料である。

 

――お上が笑っていられるのは今のうちだけかもしれない。

 このとき彼が心配したのは、張良や蕭何のことではなく、やはり韓信のことであった。

 

 しかし、なぜそこまで彼が不信の種となるのか。これまでの流れを考えると、責任は韓信にあるのではないようである。

 おそらくは、この時代に生きる人々の多くが、「自分が韓信であったら」と考えたからであろう。自分が韓信であれば迷わず天下を狙う、だから彼が狙わないはずがない、と。

 野心家たちの権力欲に取り付かれた考え方が、韓信本人の意向を無視し、一人歩きしていたのである。

 

 

「西の秦、東の斉」とは当時よく用いられた言葉である。天然の要害に守られたこの二国がかつてともに強勢を誇り、最後まで覇権を競い合ったことから生まれた言葉であった。

 これが漢のような統一国家の時代になると、誰にこの地を守らせるか、という問題になってくるのである。防備に適した土地は、そのまま独立国家になってしまう可能性をもっているからだ。

 かつての秦の土地は、関中である。これは漢が直接統治していたが、一方の斉の地は、韓信が統治している。

 これは重要な問題であった。攻め込みにくく、守りやすい軍事上の要衝を、当代きっての名将が統治することは、危険きわまりない。

 このことから、劉邦は韓信に国替えを命じることを早くから決めていたと思われる。韓信が心変わりをして、叛旗を翻さないうちに。言うことを聞くうちに命じるつもりだった。

 

 結果、韓信は楚王に任じられた。七十余城を有する大国家の斉に比べると、このとき定められた楚の領土は五十余城に過ぎず、勢力は実質的に劣る。しかしなんといってもかつての領主である項羽亡き後、その地を治めるのは大役といってよく、大変な名誉であったことは間違いない。なおかつ韓信自身が楚の出身であり、「故郷に錦を飾った」ということもあるので、栄転であることには違いなかった。

 しかも韓信の自尊心を傷付けることなく勢力を削いだ。これは劉邦の行った絶妙の人事だといえるだろう。

 

 では、斉はどうしたのかというと、劉邦はしばらく王位を空位のままにしておいた。

 かの地には曹参がおり、彼に任せておけば大過なく治まるだろう、と踏んだのである。少なくとも韓信に任せておくより空位のままの方が不安が少ない、そう思ったのであった。しかし、もちろんいつまでもそのままにしておくわけにもいかず、後に劉邦は自分の息子である劉肥に斉王の地位を与えている。

 

 臨時の首都であった雒陽から関中の櫟陽に首都を移し、次々と諸侯の封地が定められていく。

 主だったところでは、韓信が楚王となり、下邳を都にしたほか、

 淮南王として黥布、都は寿春。

 梁王として彭越、都は定陶。

 燕王として臧荼。都は薊。

 趙王として張耳。都は邯鄲。(ほぼ同時期に張耳は死去し、息子の張敖が跡を継いでいる)

 韓王として韓(王)信。都は陽翟。(以後、匈奴への備えとしてかつての代の地にあたる太原郡を韓王信の封地とし、

  韓と称させている)

 などが挙げられる。しかし、早くも七月には燕王臧荼が謀反を起こして滅ぼされ、劉邦と同年同日に生まれた親友の盧綰が燕王に封ぜられた。

 

 これらの諸侯国はすべて大陸の東側に集中し、漢の覇権のもと、存続を許された。一方の西半分は漢の直轄地とし、いくつかの郡に分けられ統治される。

 かつての秦の統治策であった郡県制と、周代以来の封建制が入り交じったこの体制は、郡国制と呼ばれることになった。

 

 しかし、これが漢の統治体制の完成形というわけではない。中央は地方に必要以上の勢力を持たせぬよう尽力し、常に警戒の目で諸侯を見張ろうとする。後の日本における江戸幕府と同じように首都への参勤の義務を諸侯に課し、適度に財力を奪おうとしたほか、北の国には匈奴へあたらせ、中央の防波堤としたりした。

 そのような状況に諸侯が不満を募らせて叛意を見せると、滅ぼして劉姓をもつ親族を新たな王に任命するようになったのである。

 

 しかし、それは後の話であり、このときは生まれたばかりの制度に誰もが浮き足立っていたに過ぎない。

 

 

 楚王となった韓信が都の下邳に移り住み、初めて行ったことは政策的なことではなく、過去の清算であった。

 

 まず彼は人を遣って淮陰の城下から、綿うちにいそしむ老婆を召し出した。韓信が若い頃、貧窮して釣りをしながら生計を立てていたときの恩人である。

 

 召し出された老婆は、下邳の宮殿の中で王と対面し、ようやく事態が理解できた。

 かつてひもじく暮らしていた若者を助けた記憶は確かにあったが、よく考えてみれば、名も知らない。王の名は韓信だと聞かされても、それが自分にとってなにを意味するのかよくわからないまま、やってきたのである。

 

「元気か、媼……。私を覚えているか」

「…………」

 ひれ伏した老婆は恐れ、なにも言うことができない。ただ素振りのみで相づちを打つだけであった。

 

「では、あのとき私が別れ際にいつか恩返しをすると言ったことも覚えているだろう。私は口からでまかせを言ったつもりはない。しかし、媼。貴女は私の言葉を信じず、鼻で笑って侮辱した。覚えているだろう」

「……確かに覚えておりまする……あのときの私の不遜な態度は、万死に値します。どうか、この老体を捧げますゆえ、家族には手を出さないでおくれまし」

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「そんなつもりはない。私は以前の自分の言葉を実行するために媼を呼んだに過ぎぬ」

 

 韓信はそう言うと、近侍の者に命じて黄金千金を老婆に与えさせた。

 恐縮する老婆に向かって、韓信は言う。

「媼。あのときの自分の言動が万死に値すると思うのなら、止めはしないから自害せよ。私は殺さぬ。しかし、反省して後の行動を正す糧とするならば、わざわざ死ぬことはない。その金を使って楽しく余生を過ごせ。これで私と貴女の人生における貸借はなくなったのだ」

 

 続いて韓信は、下郷の南昌の亭長を召し出した。

 以前行き倒れのような生活をしていた韓信を助けて世話をしながら、手のかかることを理由に細君が嫌がらせをするようになり、その結果絶交することになった人物である。

 その南昌の亭長に、韓信は百銭を授けながら言った。

「貴方は、心の小さいお人だ。人に目をかけておきながら、どうして最後まで面倒を見ようとしなかったのか」

「申し訳ございません」

 心だけでなく気も小さかった亭長は、そう言ってひれ伏すばかりである。しかし、結果から考えれば、彼の行動は正しい。

 亭長が最後まで韓信の面倒を見てやったとしたら、韓信の今の姿は彼のあとを継いだ亭長に過ぎなかったかもしれない。王となりえたのは、彼と袂を分かったのち、韓信が成長したからなのである。

 

 韓信は最後に亭長に向かって言った。

「その百銭を貴方の細君に示し、以後は出しゃばった真似をするなと強く言え。もっとも、貴方の細君が出しゃばったからこそ、現在の私があることは確かだが……おそらく、そんな巡り合わせは二度とないだろう」

 

 また、韓信はある男を召し出した。名も知れぬ男だったので、あるいは見つからないかもしれないと思っていたのだが、このようなとき、王権というものは便利なものである。人を使って国中をくまなく探させる、ということが容易にできるのであった

 

 召し出された男は、かつて韓信が股をくぐらされた男であった。

 因縁のあるその男を前にして、韓信は周囲の高官たちに向かい、品評するように話す。高官たちは、韓信が彼を斬るのではないか、と内心で心配した。

 

 ところが、韓信の口調は落ち着いていた。

「こいつは、なかなか立派な男だ」

「どんなところが、でございましょう?」

「……私の剣が実質的に飾り物であることを、こいつはひと目で見抜いた。酔っぱらっていたにもかかわらず……。なかなか眼力のある男だと言わねばならない」

「ほう……」

「こいつは、公衆の面前で、私に恥をかかせた。私は恥を忍んでこいつの股の下をくぐったわけだが……。私はその後、多くの戦いを経験し、今に至って王の身となったわけだが、思えば私を戦いに駆り立てた原動力は、こいつが私に与えた仕打ちなのだ。感謝しなければなるまい」

 こういう台詞を韓信は真顔で話すので、聞いている者にとっては、それが皮肉なのか本心を語っているのか、よくわからない。

 

「男よ、聞け。あのとき私はお前を斬ろうと思えば斬ることができた。……そうしなかったのは、お前のような者を斬っても私の名があがることはない、と思ったからだ」

「……その通りでございます」

 男は恐縮し、震え上がった。今、この場で斬られると思った。

 

「お前の言う通り、当時の私は人を斬ったことはなかった。その意味では確かに私の携えていた剣は飾り物に過ぎなかったかもしれない。だが、教えてやろう。あの剣はまさしく本物で、私は今も変わらずそれを携えている。あれ以来この剣は多くの者を斬ってきた。お前がその中のひとりにならずに済んだのは、途方もなく幸運なことなのだ」

「おっしゃる通りでございます」

「聞き分けがよいな。お前がそんなに聞き分けがよいのは、私が怖いからか? 平民の私は恐れず、王の私は恐れる……私が私であることには変わりがないというのに」

「……返す言葉もございませぬ」

「まあよい。以後は私のもとで働け。中尉(町の警察長官を示す)の職を与えてやる」

「……は?」

「帯剣した相手に素手で立ち向かおうとしたお前だ。胆力には自信があるのだろう。その胆力を間違った相手に向けるのではなく、悪党どもに向けるがいい。せいぜい権威を笠に着て、世の悪者を取り締まることだ」

 

 韓信のこれらの行為は、温情的な措置に見えないことはないが、やはりすべて復讐なのであった。

 老婆や亭長には恩もあるが、怨もある。

 中尉に命じた男には、実のところ怨しかない。

 しかし韓信は彼らに誅罰を与えることで旧怨をはらそうとはせず、逆に彼らに恩を売った。彼らは、かつて蔑んだ韓信の庇護のもとで暮らしていくことになるのであり、過去の自分たちの行為の浅はかさを一生後悔しながら生きていくことになるのである。

 彼らが自害でもしない限り、その後悔は消えることがない。

 

 故郷に関わる過去を清算しようとした韓信には、もうひとつやるべきことがあった。

 それは母の墓を整備することである。

 町を見下ろす小高い丘の上に置かれた墓。それは幼年期の韓信の暮らしを象徴するかのように粗末なものであり、しかも戦乱が続いた数年の間、なんの手入れもされず、ほとんど雑草に埋もれかけていた。

 王母の墓としてはあまりにも貧相であり、韓信としては、せめて墓石を覆う草を取り除き、丘を切り開いて周囲に万軒の家が立ち並ぶようにしたい、と思ったのである。当然領民から上がってくる租税を利用しての整備となるが、それぐらいの贅沢は許されるだろうと判断してのことであった。

 その思いが叶い、実際に土木の責任者と現場で打ち合わせをしているときであった。草むらの陰で人の気配を感じた韓信は、身の危険を感じ、飛びすさりながら叫んだ。

「誰だ!」

 

 その誰何の声に、反応があった。気のせいではなく、確かに長い枯れ草の陰に誰かが潜んでいる。

「危害を加える意志はない。……どうか、人払いを」

 

 草むらの中から、男の声が聞こえた。相手は一人であるようだった。そして、その声は聞き覚えがあるような気がしないでもなかった。

――一人ならば……。

 敵意がある相手でも対抗できる自信はある。そう思った韓信は、近侍の者に丘から降りるよう顎で示し、静かに剣を引き抜いた。

「出てこい」

 

 その声に応じて姿を現した男に、韓信は愕然とした。

 彼には清算すべき過去がまだあったのである。それを忘れかけていた自分が愚かしく思えた。

「眛……!」

 

 草むらの陰から現れたのは、頬が痩けて以前よりやつれてはいたが、紛れもなく鍾離眛の姿をした人物だったのである。

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