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第 三 部

 

四 面 楚 歌( 続 き )

 

 

 このときの漢軍の布陣は先頭に韓信が自ら率いる三十万の兵、両翼を孔将軍(孔煕)と費将軍(陳賀)が固め、その後ろに総大将の劉邦、さらにその後ろに周勃と柴武がそれぞれ率いる部隊が陣取る、という重厚なものであった。

 漢軍の総数は不明ではあるが、韓信の軍だけで三十万であることを考えると、すくなくとも五十万ほどはあったと思われる。

 また、彭越や黥布の軍が予備部隊として控えていたことを考えれば、垓下を囲んだ漢の勢力は天地を覆うようなものであったに違いない。というのも、これを迎え撃った項羽率いる楚軍は十万程度でしかなかったのである。いかに武勇を誇る項羽といえども、太刀打ちできる数ではない。深刻な状況に項羽は城壁の防備を固め、突出させる兵はほどほどにして対応した。わずかな兵を犠牲に脱出を試みようというのである。

 

 しかし、城外に出した兵の数は僅かであったのに、それを処理しようとする漢軍の動きは項羽の目に鈍重に見えた。韓信はほぼなにもすることもできず、少数の楚軍の動きに翻弄されているようであった。

 

――あるいは、大軍であるからこそ、指揮が徹底しないのかもしれぬ。

 項羽はそう思い、韓信の指揮能力を軽く見積もることにした。

 これは、できることなら逃亡ではなく、戦いを欲した項羽の本能がそう思わせたのかもしれない。

 しかし、実際は韓信が項羽にそう思わせているのであった。

 

 だが、それを見抜けなかった項羽は、韓信が要領を得ずに後方に下がる姿を見て、城内に留まっている残りの兵に出撃命令を出した。

 

 これを機に両翼の孔将軍と費将軍が猛然と楚軍に襲いかかり、韓信が攻めあぐねた少数の兵たちを殲滅した。城内からは楚兵たちが次々に出撃してきたが、彼らはただ大軍に包囲されるだけのために出てきたようなものである。

 態勢を立て直した韓信が再び前面に兵を進めると、目立った抵抗もできずに壊滅するに至った。

 

――してやられた……韓信めに……。

 項羽の全身から力が抜けていき、それとともに気力が失われていった。

 

 覇気を失った項羽は、もはや本来の項羽とはいえない。貴族の子として甘やかされて育てられてきた、忍耐強くない男の姿が見え隠れする。これまで、乱世の武人として人に見せないようにしてきた姿がそこにあった。

 項羽は絶望のあまり、天を仰ぎ、座り込んでしまったのである。

 それを遠巻きに、なにも言わずに見つめた虞の目には、彼が溢れようとする涙をこらえているかのように見えた。

 

 このとき城内に残った楚兵の数は、わずか千名に満たなかった。

 

 日が暮れ、空に星の姿が見えるようになった。韓信は篝火のもとで物思いにふけっている。

――今夜は星や月の光が眩しい……。我々にとっては好都合だが、逃亡をはかる項王にとっては不運なことだ。

 

 また、こんなことも思う。

――星の光りが人それぞれの運命を示しているとしたら、今夜、とびきり大きな巨星がその輝きを失うことになるかもしれない。それは、あの星か、それとも、あの星か……。

 

 韓信の陣営には、吉兆を占星術で占うような者はいない。彼は戦いを前にして、祭壇に生け贄を捧げるようなこともしなかった。常に現実的で、自分の力のみを頼りにしてきた彼であったが、このときは人並みに感傷に浸っていたのである。

 

「お見事でしたな。城内に残るは項王と、わずかの兵……。あとは、それをどう仕留めるか」

 灌嬰は物思いにふける韓信の横に立ち、純粋に興味本位に聞いた。韓信が項羽の息の根をどうやって絶つつもりか聞きたかったのである。

 

「うむ……。戦力の大半を失った項王は、半ば強引な形で脱出をはかるに違いない。……そこで我々は彼を追うわけだが……その役目は……灌嬰将軍、君にやってもらおうと考えている」

「は?」

「いや、これはもう私の考えではない。既に私は漢王にこのことを奏上し、許可を得ているのだ」

「なぜです? 斉王の部隊をもってすれば、決して難しい任務ではないはずですが……」

「恐ろしいのか? 項王のことが」

「そういうわけでは……」

「君はかつて漢王のもとで滎陽と敖倉をつなぐ甬道を守り続け、多大なる功績を示した。しかし、地味な任務であったために、その功績は正当に評価されていない。また、私のもとに来てからは長らく国境の守備にあたり、私としては感謝しているのだが……君は漢王の部下であるため、勝手に私が封地を与えることはできぬ。私にできることは、君に誰も文句のつけようもないほどの大功をあげさせることだ」

「つまり……?」

「うむ。君の自慢の騎馬隊をもって項王の首をあげてみせよ。それによって漢軍内での君の地位も高まるだろう」

 

 韓信の命令は、灌嬰が主に護軍中尉の陳平とそりが合っていないことを考慮してのものであった。

 灌嬰は古参の武将として、新参の陳平が劉邦に重用されていることにかつて異議を唱えたが、その陳平の作戦がこれまで成功しているので、結果的に漢軍内での孤立度を高めている。

 韓信はそのことを気遣い、灌嬰に軍功をあげさせようとしたのだった。

 

 一方で韓信が項羽を斬れば、本当の意味で劉邦を上回る存在となってしまう。人臣の身でありながら主君を恐れさすほどの軍功をあげることの危険性、その本当の意味にようやく気付き、自らは身を引いたのかもしれない。

 だが、そんな気遣いも本来は戦いが終わってからするべきものだった。

 というのも未だ項羽は城内に健在で、彼が生きている限りまだまだ油断はできないのである。しかも、実は韓信としてもいかにして項羽を城外に引き出すか、この時点で具体的な考えはなかったのだ。

 

 垓下城を取り囲む漢兵の間から、歌声が響き始めたのはちょうどその頃であった。

 

 

 それがいわゆる楚歌だった。民謡である。巫(みこ。シャーマン)の唱える呪文のような感情的な韻律を起源とし、随所に音律を整えるための「兮(けい)」という語が加えられる(兮という文字自体には文章としての意味はない)

 このような特徴は北方地域のそれにはなく、このこと自体が楚が他の中原諸国と文化的に異質であることを物語っていた。中原の人々は、楚人が歌う呪文のような歌を軽蔑し、逆に楚人はそれを誇りにしているのである。

 

「気味が悪い」

 睢陽出身の灌嬰は、この歌声を聞き、そのように評した。

「あんな歌のどこがいいのか……」

 

 歌っている兵たちの中には、すでに感極まり、泣き出す者も出始めていた。楚人以外の者から見れば、異様な光景である。部外者から見れば、彼らがなぜ泣いているのか、想像もつかない。

 

「いや……楚人ではない君にはわからないだろう。理解しようとしても無駄だ。楚人の歌は、楚人の心にのみ、感銘を与える。あの歌は……城壁の中にいる項王の心に響くに違いない」

 韓信は彼らの歌自体には共感せず、それが与える結果にのみ興味を示したようであった。

 

――斉王はもともと楚の生まれだと聞いていたが……故郷の歌を聞いて郷愁にかられたりはしないのだろうか?

 灌嬰はそう思ったが、口に出して質問することはしなかった。確たる理由はなかったが、どうも触れてはいけないことのように思えたのである。

 

「項王は、感情の人だ」

 韓信は、そんな灌嬰の疑問をよそに話を続ける。

「項王は楚人であるから、あの歌が楚の歌であることがわかるはずだ。つまり、楚王である自分を包囲している敵軍の中に、実は楚人が多いという事実に気付く。彼にとって、これほどの精神的痛手はないであろう。追いつめられた項王は、間もなく何らかの行動を起こすに違いない。灌嬰将軍、君の出番は近い。陣に戻って準備を急げ」

「承知いたしました。項王が落ち武者となる時が来た、というわけですな?」

「そのとおりだ。しかし、気を許すな。彼はただの落ち武者ではない。史上最強の落ち武者だ。……しかし、それにしても」

「は?」

「漢軍の中にも、いつの間にか楚人が多くなったものだな。少し前まで、私は自軍の中に自分の同胞を見ることはなかったというのに。これも時代の流れというものか」

 

 韓信は韓信なりに楚人としての郷愁を感じているかのようであった。その彼が今やろうとしていることは、楚を滅ぼすということなのである。

 

 彼にとって、郷愁と愛国心とはまったく別のものであった。

 

 

 垓下に築城したといっても、その実情は砦を築き、周囲に防塁を巡らした急造のものに過ぎない。大軍を擁した漢軍が攻城兵器を用いて間断なく攻撃を仕掛ければ、救援のあてもない楚軍としてはひとたまりもなかった。そのうえうかつにも韓信の策にはまり、城外で大半の兵を失った項羽には、脱出するしか道は残されていない。

 しかし、この状況下では脱出こそが難しく、項羽は軍を解散する決断に迫られた。

 それでもあるいは自分の実力をもってすれば、電撃的に漢軍の中央を突破することも可能かもしれないと思う。しかし冷静に考えれば、そんなことは不可能に違いないとも思える。結局なかなか決断をすることができず、行動を起こせずにいた。

 

 最終的に彼に決断させたのは、敵陣の中から聞こえてきた楚歌であった。敵である漢軍の中に楚人の占める割合が多いことを実感させられた項羽は、意を決し、砦の中に残った残兵を集め、それぞれに酒や食事をふるまった。

 軍糧が足りず、飢えた状態で戦ってきた楚兵たちにとって、久しぶりに与えられた飽食の機会である。城内の兵たちは皆、それが最後の機会であることを無言のうちに認識したのであった。

 また、たとえ一食のみといえ、自分たちが飽きるほど腹を満たせるのは、半数以上の味方が戦場に散ったおかげであるということを知り、誰もが生き残ったことに罪悪感をもった食事の機会だった。

 

「……我々に残された道は、もはや二つしかない。脱出か、降伏かだ」

 項羽は宴席で、配下の者を前にそう言った。

「脱出したいと思う者は、各自めいめいに道を切り開き、脱出せよ。それが無理だと思う者は、敵将韓信のもとに降伏するがいい。そのことを責めはしない。韓信は狡猾な男ではあるが、残酷ではない。殺されはすまい。……しかし、わしは別だ。わしには脱出するしか道は残されておらぬ」

 

 楚兵たちは、口々に項羽に最後まで従う旨を告げた。これは項羽にとってありがたいことではあるが、同時に敵に発見されやすくなることを意味する。逃亡する部隊が大集団になればなるほど、敵の目を引きつけることになるからだ。

 

 しかし、このとき感情が高ぶっていた項羽は、部下の兵たちの忠誠心に感じ入り、涙をこぼした。もはや自分は助からない。それならば敵に見つかりやすいか、そうでないかはたいした問題ではない。ただ自分と生死を共にしようとする人間が、まだこの段階に至っても存在したということに心を動かされたのである。

 

 だが、問題はそれだけではない。自分たちは敵陣に囲まれ、あるいは死に、あるいは生き残るだけである。

 しかし、非戦闘員を連れていくことはできない。

 彼らを連れていけば、行軍速度が鈍る。その結果、戦闘員・非戦闘員ともに生き残る可能性が低くなるからだ。

 

 非戦闘員の大部分は女官であった。項羽の愛する虞もそのひとりである。

 

 女官は置いていったとしても、殺される可能性は少ない。しかし、その多くが敵兵たちの慰みものとされ、犯されることは容易に想像できる。そのことを考えると、項羽としては虞だけは置いていくわけにはいかなかった。

 

 だが、繰り返すようだが、連れてもいけない。悩んだ項羽は、その気持ちを次のような歌の形にして表した。

 

 力拔山兮氣蓋世(力は山を抜き 気は世を覆う)

 時不利兮騅不逝(時 利あらずして 騅逝かず)

 騅不逝兮可柰何(騅逝かざるを 如何すべき)

 虞兮虞兮柰若何(虞よ虞よ なんじを如何せん)

 

 騅(すい)とは項羽が常に騎乗する馬の名である。

 実際に騅が何らかの原因で走らなくなった、ということではなく、項羽はこの歌で戦況が自分の思うようにならないことを、騅が走らない、ということで表現したのだった。

 

 そして楚歌に特徴的な「兮」という文字が連発する。「兮」は日本語では「けい」と表し、先述したように直訳すべき語はない。しいて言えば文節ごとに「ハイ!」などとかけ声をかけるようなもので、それだけに感情をこの語に乗せて歌う項羽の姿が目に見えるようである。

 

 項羽はこの歌を数回繰り返して歌った。そしてそれにあわせるように虞も歌い、剣を持って舞ったという。そして最後には、

「四方楚歌の声、大王意気尽き、賤妾いずくんぞ生に聊んぜん」

歌い添えた。自分のような妾がどうして生きていられようか、と歌ったのである。

 虞の決意がうかがわれる歌であった。

 

 そして、項羽は虞が歌い終わると、腰の剣を抜いた。やがて目の前に背を向けて座った虞に向けて、ゆっくりと、いたわるようにその剣を振り下ろした。

 

 目は閉じられていた。虞の女神のような姿は、斬られた後も、その形を変えることはなかった。

 

 ことを終えた項羽の頬についに涙が伝った。これを見た周囲の者も皆泣き、誰も顔を上げることができなかったという。

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 その夜の未明、項羽は騎馬で従う者八百名だけを引き連れて防塁の外に駆け出し、漢の包囲網を竜巻のような勢いで突破した。そのうえで突撃の足手まといになる非戦闘員は砦の中に残され、置き去りにされた。

 遺体となった虞もその中にいたことは言うまでもない。

 

 そして夜が開けたころ、騎将灌嬰の率いる五千の騎兵が、静かにこれを追撃した。

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