NEW

トップページ | 目次 | 著者のページ | ご意見・ご感想はこちら

item8 item9 item4a item11 item12 item13 item10
第 一 部

 

無 聊( 続 き )

 

 項梁は矮小な男で、外見的には他者を威圧する風格はないといっていい。

 それでも彼のもとに諸国の豪傑が集まるのは、ひとえに彼の持つ貴族としての血脈が影響している。

 豪傑たちは人づてに項梁の噂を聞き、そのもとへ集まる。しかし、まるで風体の上がらない項梁の姿をひと目見て、落胆するのであった。

 

――こんな男のために命をはれるか。

 

 項梁の容姿を見た者の大半はそう思う。だが、項梁の傍らに常に控えている大男を目にして、その考えを改めるのが常であった。

 

 韓信もその大男を見た。その男は身の丈が八尺(当時の一尺は約二十三センチ)もあり、胸板は厚く、手足も太く、長かった。眼は鋭く、口はへの字に結ばれ、全体的に鷹や鷲のような猛禽類を連想させた。

 

――単なる護衛にしては、主人よりも風格がありすぎる。

 

 そう思った韓信が伝え聞いたところによると、この大男こそが、項羽であった。

 

 項羽は、名を籍といい、羽が字(あざな)である。

 

 項梁の甥に当たり、これは同時に項燕の孫であることを意味した。幼少の頃から気性が荒く、邑の者はみな項羽をはばかり、彼が通る時は道をあけたという。

 

 韓信はこの種の手合いが嫌いである。暴虐の臭いを振りまき、他者を威圧する者を見ると、内心で嘗められてたまるか、と思うのである。

 

 しかしあるいは外見と実際は違うこともあるかもしれない。韓信はほんの少し期待を抱いたが、その期待は瞬く間に崩れ去った。

 なぜなら項羽は見かけ以上に行動が残忍だったからである。

 

 項梁の命により襄城(じょうじょう)の制圧に赴いた項羽は、城中の市民が反発したことでその攻略に手間取り、城を陥とすのに予想以上の時間を労した。やっとのことで襄城を落城させることに成功した項羽は、腹いせに城中の老若男女すべてを坑(こう・穴埋め。生き埋めのこと)してしまったという。

 始末に負えないのは、それを項羽自身があたかも武勇伝を語るがごとく、自ら触れ回って歩いていることだった。

item2

――城中の市民などは、城主に命じられて抵抗しているに過ぎない。思うに項羽という人は、線引きするように敵・味方の区別をつけなければ気が済まないたちなのだろう。

 

 韓信は心の中で、項羽に「殺し屋」というあだ名をつけた。

 それは明らかに侮蔑を込めたものであった。

 

 自分は属する組織を誤ったのではないか、と感じる。というのも敵の将軍の方が武人として優れている、と韓信は思っていたからであった。

 

 

 

 秦将章邯の進軍は留まるところを知らない。彼が二世皇帝に奏上して囚人たちを兵として組織し、函谷関から出撃したのが、紀元前二〇九年の冬のことである。章邯は周章を撃退して死に至らしめた後、滎陽、敖倉(ごうそう)を囲んで陥とし、陳勝を死に至らしめた。

 そして紀元前二〇八年の八月には本格的に自称王たちの撃滅に取りかかる。

 

 まず最初に標的となったのは魏王咎であった。

 

 臨済(りんせい)に包囲された魏咎は斉・楚それぞれに救援を依頼し、楚の項梁はわずかながらの軍を送った。

 

 しかし斉は王の田儋本人が救援に駆けつけたのである。

 

――なぜ、項梁は行かぬ。

 

 韓信の不満は爆発寸前になった。大事なのは兵力を集中させて章邯率いる秦軍を取り囲むことであり、兵力を逐次投入させていては各個に撃破されるだけであろう。それがわからぬ項梁ではあるまい。

 

――理由はわかっている……項梁は反乱勢力の頭目になることが目標だからだ。魏や斉、趙の王がそれぞれ章邯に敗れることをひそかに願っているに違いない。項梁は、思っていたより馬鹿だ。

 

 他の王国が秦に滅ぼされる間に、楚は周辺を制圧し地盤を強化しようという考えは、わかる。しかし秦が諸国を制圧すれば、その勢力は楚をまさるに違いないのだ。

 

 

 章邯は臨済に終結した斉・魏の連合軍(わずかながら楚軍も混じっている)を夜半に襲撃した。

 

 兵士や馬の口に声をたてないよう枚(ばい・木片)をくわえさせ、静かに迫る。あっという間に戦況は決した。斉王田儋は乱戦の中で戦死し、斉の残兵は田儋の従弟の田栄に率いられ東阿に潰走した。孤軍となり、意を決せざるを得なくなった魏王咎は不本意ながら秦に降伏を申し入れることとした。

 

 人民の安全を保証するために約定をかわし、それが成った後、魏咎は自ら火中に身を投じ、焼身自殺を遂げた。

 

 

――敵ながら、鮮やかと言うしかない。

 

 一回の戦いで二人の王を滅ぼした章邯の武勇は、尊敬するに値した。なんのために戦っているのかわからない項梁などとは、比べものにならない。

item16 item16c item16d item17a item18

トップページ | 目次 | 著者のページ | ご意見・ご感想はこちら