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第 一 部

 

咸 陽 落 城

 

 

 このころになると、皇帝胡亥の耳にもようやく事態が切迫していることが伝わっている。

 胡亥は何度か趙高を呼んで、戦況のほどを説明させようとしたが、その度に趙高は病と称し、朝見を断り続けたのだった

 

 実は趙高はこの間に、ひそかに劉邦へ使者を送り、関中王の座を二人で分け合おう、と提案していたのだが、受け入れられなかったという経緯がある

 これに落胆した趙高は、このことが皇帝に露見するのではないかと心配になり、皇帝に誅される前に先手を打とうと考えた。そして閻楽(えんがく)という婿(若いころから宦官だったとされる趙高に娘がいたとは考えられないので、おそらく養女の婿だと思われる)を呼、自らの反乱に引きずり込むに至る

 閻楽が心変わりしないよう、その母を捕らえて監禁することで盤石を期し、皇帝の在所の望夷宮(ぼういきゅう)に千人余りの兵を率いさせ突入させたのである。

 

 

 宮中を弓を放ちながら進む閻楽の部隊に宦官連中は驚いて逃げ出し、皇帝が呼んでも馳せ参じる者はいなかった。ただひとり逃げ遅れて、そばにいたある宦官に皇帝は嘆いて言ったという。

「こんな事態になるまで、どうしてお前は朕に注進も何もしなかったのだ」

 

 その宦官は下を向いたまま答えた。

「注進しなかったからこそ、私は今まで生きながらえています。陛下は注進したところで信じず、私はとっくに殺されていたでしょう」

 

 この言葉を聞き、抵抗を諦めた皇帝は、踏み入ってきた閻楽に対し、哀訴するしかなかった。

 

 しかし母親を趙高によって人質に取られた閻楽のかたくなな態度は、皇帝が相手でも動じることがなかった。

「足下は驕り高ぶり、権力をほしいままにし、人を不必要に殺した。天下の者が皆叛くのは必然である……自分で自分の身を裁け」

 

 閻楽はそう言って迫った。皇帝はひれ伏し、

「なんとか丞相(趙高のこと)に会わせてくれないか」

と頼んだが、閻楽は、

「駄目だ」

と一蹴した。

 

 しかし、足の震えを抑えることができない。閻楽は自分が他ならぬ皇帝の生死を握っていることに緊張を抑えきれなかった。

 

 だが皇帝はそれ以上に震え、泣き出しそうな声で閻楽に訴え始めた。

「朕が皇帝としてふさわしくないというのであれば、せめて一郡の地でもいい。王として生かしてもらえないか」

 

 閻楽はこれも拒否した。

 

「王で駄目なら、万戸侯にでも……」

 皇帝も必死である。頭をこすりつけて、文字通り哀願した。

 

「ならぬ」

 

「……ならば妻子ともに平民となって……」

 皇帝がそう言うと、閻楽はついに剣を抜いて叫んだ。

 

「私が丞相から受けた命は、天下のために足下を殺すことだ! 何と言われても取り次ぐことはできん!」

 そう言いながら部下の兵を差し招く仕草をした。

 

 皇帝はそれを見てようやく、もはやこれまでと悟って自らの剣を右手に持ち、その剣で喉元を突き刺して死んだ。

 

 卑賤の兵士の手にかかって惨殺されるよりは、少しはましな最期であった。

 

 

 秦の領土は小さくなった。

 実効的支配地域は関中に限られ、その関中もいまや危機にさらされている。趙高は関所の外の諸王国を刺激しないよう思案を巡らし、空名を擁して皇帝を称することを避け、胡亥の兄の子である子嬰(しえい)という人物を探し出して、これを単に「秦王」とした。

 

 趙高の意図は、はっきりしない。この段階に至って、わざわざ子嬰を擁立することに一体どんな意味があるのか。

 趙高はかつて劉邦に密使を送り、「二人で関中王の座を分け合おう」という意思を伝えたとされているが、胡亥の殺害に成功した時点で、自ら王位に就くという気概は持ち合わせていなかったようである。

 ではその反対に、子嬰を擁することで秦の社稷を保つという、臣下としての責任感があったかといえば、それ以前の行動から判断して、そうとはいえないであろう。

 

 つまりは陰茎を抜いた、男でも女でもない宦官という精神不安定な人間のなせる業であった。

 

 擁立される側の子嬰には、それがわかる。

「趙高は皇帝を殺した。いずれ私も同じように殺されるであろう。趙高は、楚を相手に密約を交わそうとした、とも聞いている。私は機会を見て、趙高を殺そうと思う」

 

 子嬰は二人の息子にそう話したという。

 

 王となるには、その身を清め、先祖を祀るみたまやで玉璽(ぎょくじ)を受け取ることが伝統的な習わしとなっており、子嬰もこの例にならい、斎戒して宗廟に出向くことになっていた。

 ところが子嬰は斎戒の途中で病気を発したと称し、いっこうに宗廟に姿を現さない。趙高は人をやって何度も催促したが、子嬰は動かなかった。そこでしびれを切らした趙高はついに自ら説教しようと子嬰のもとに足を運んだのである。

 

 これにより機会を得た子嬰は、斎戒の場である宮殿に伏兵を忍ばせておき、趙高の姿を確認するや、斬ってかからせた。

 しかし複数の兵に斬られながらも、趙高はしぶとかった。いくら斬られてももんどりうつばかりでなかなか息絶えようとしないのである。 

 

 兵たちはしだいに気味が悪くなり、後じさりを始めた。

 

 苛立った子嬰は叫ぶ。

「早く首をおとさないか!」

 

 だが、兵たちは揃って首を振った。

「私どもの剣では、もうどうにもなりません。剣が脂まみれで刃がたたないのです」

 

 しかたなく子嬰は、自ら剣を振るって、趙高の首をおとした。

「人間の化け物め。兵士の剣まで腐らせるとは……。私のこの剣はすでに汚れた。もう二度と使うことはないであろう」

 

 稀代の奸臣を討ち取ったという達成感はない。子嬰の心に残るものは、後味の悪さと薄気味悪さばかりであった。

 

 

 

 子嬰が秦王として君臨してから四十六日め、劉邦の軍は武関を破り、ついに関中への侵入を果たした。

 

 劉邦軍は決して破竹の勢いでここまで来たのではなく、あちこちの城を攻めては攻めきれず、あるいは勝ち、あるいは負けたりしながら、ようやく武関までたどり着いた、というのが実情のようである。

 そして覇上(はじょう)に駐屯した劉邦軍は、客を迎えた。その客こそが秦王子嬰である。

 

 子嬰は車にいっさいの装飾をせず、身に白装束をまとい、自らの首に縄をかけて劉邦の前に拝謁した。

 首の縄は、いつでもそれを縛って自殺する覚悟ができていることを示している。

 手には皇帝の玉璽と割り符を治めた函があった。それを劉邦に渡そうというのである。誰の目にも降伏するつもりであることは明らかだった。

 

 諸将の中には秦を恨む者も多く、そのため子嬰を殺そうと主張する者は少なくない。

 しかし劉邦は子嬰を殺さず、処分を保留し、監視するに留めた。

 

「子房、秦王をどうすべきであろうな? 懐王のもとにでも送り届けるべきであろうか」

 子房とは張良の字である。張良は戦国時代の韓の遺臣で、このころから劉邦の幕営に身を寄せ、軍師として活動している。負けてばかりいる劉邦が苦しみながらも関中にたどり着いたのは張良の策によるところが大きい、と言われている。

 張良は必要以上に敵を殺さず、城市に戦乱を持ち込むことを極力避けるよう主張し、それを実行した劉邦は民衆の支持を得ることに成功したのである。

 

 その張良は次のように答えた。

「せいぜい警備を固くし、士卒に変な気をおこさせないようにしておくことが大事です。いずれ項羽率いる軍勢がこの地にも到達しましょう。そのときに引き渡してしまえばよかろうと存じます」

 

 劉邦はおもしろそうに答えた。

「どうせ殺さねばならないのであれば、項羽にその役をやってもらおうというのか。それはいい。……しかし、それでは関中の覇者は項羽、ということになりはしないか」

 

 張良は静かに答えた。

「我々は関中に一番乗りを果たし、懐王は確かに一番に関中に入った者を関中王にする、と申されました。しかし、だからといって項羽をさしおいて関中王を称するのは、具合がよくありません。楚の一番の実力者は、恐れながら懐王ではなく、項羽です。彼自身が沛公(劉邦のこと)を関中王と認めてくれれば問題ありませんが、おそらくそうはなりますまい。……秦が滅んだ今、沛公が天下を望むならば、競争相手は項羽ということになります。……しかし兵力の差は歴然としていますので、しばらくは項羽に花を持たせる形となりましょう」

 

 劉邦は、それを聞いて項羽の軍神のような姿を想像し、あからさまに震え上がったが、しばらくして覚悟を決めたのか、それとも虚勢を張ろうとしたのか、いきなり大声で宣言するように言った。

「では項羽めがくる前に、咸陽を鎮撫せねばならん」

 

 劉邦はそう言うと、宮殿に乱入してしまった。今のうちにやりたいことをやってしまおう、というのである。

 

 宮殿にはおびただしい数の豪勢な調度品、財宝、駿馬の類が揃っており、劉邦の目を楽しませた。しかし、それ以上に劉邦が興味を示したのは、全国から集められた麗しい宮女たちであった。

 劉邦は我慢できなくなり、鼻息荒く宮女たちを追い回し始めた。

 

「いかん」

 張良は劉邦の痴態をみて、狼狽した。傍らにいた、もと犬の屠殺人の樊噲とともに必死に諌めようとした。

 

 樊噲が叫ぶ。

「おやめください。信用を失います。沛公には、女や財宝に目が眩んだのでございますか」

 

 すでに劉邦は宮女の一人に馬乗りになっていた。樊噲は言うだけでなく、力づくでそれをひっぺがそうとする。だが劉邦は強情になっていた。

「噲、やめろ。どうせ項羽が来て、そのうち死なねばならぬのなら、わしはここで死ぬ。死ぬ前に道楽を極めるのだ」

 

 張良はそれを聞き、なんとも情けなくなった。しかし、劉邦の不思議なところは、そんな姿でさえも憎めないところである。どこか滑稽で人間臭く、近寄り難い聖人のような印象はまったく無い。

 しかしそうとばかり言ってはいられない。ここで劉邦自ら宮廷を荒し回る行為に出ると、士卒がそれをまねて咸陽全体が大略奪の場になってしまう。そうなってはこれまで築き上げた民衆の信用はがた落ちで、支持基盤を失うことは明らかだった。

 

――沛公は項羽が恐ろしくなって、一時的に現実逃避をしているのだ。

 そう思うと、張良は劉邦を哀れに思った。

 あの恐ろしい項羽と近い将来対決しなければならないと思うと、誰だって逃げ出したくなるだろう。ここは優しく、説得するべきであった。

 

「どうか樊噲の言うことをお聞きください。良薬は口に苦し、と申しますが、同じように忠言は耳に入れ難いものです。今、天下のために害賊を除こうとするならば、逸楽に安んじることなく、質素を旨とするよう、沛公自ら示さねばなりません」

 

 これを聞き、劉邦はようやく抱いていた宮女を離した。

「害賊……害賊とは秦のことを言っている

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のか。それならもう滅んだ。子房、お前は、まだこのうえ害賊がいると言うのか」

 

「おります」

 

 劉邦はやっと居ずまいをただした。

「聞こう」

 

 張良は、特に強調するでもなく、さも当然のことを述べるように言った。

「沛公にとって、今後害賊とみなすべき人物は、項羽以外におりません」

 

 劉邦はそれを聞いて気分を良くしたらしく、高らかに笑い、そのせいで息ができなくなり、何度も咳き込んだ。

「項羽! げほっ! ……あの項羽が、害賊! 本気か、子房?」

 

 張良には特に変わったことを言った意識はない。涼しい顔をして答えた。

「本気です。沛公が天下を統べる人物たらんと思うならば、項羽は敵というしかありません。敵は、つまり害賊です」

 

 劉邦は、しばし考え込み、やがて立ち上がって宣言し始めた。

「ええと、おほん。……今後宮廷の庫をあばいて重宝、財物などの物を持ち去ろうとした者は死罪に処す。すべて封印せよ。あぁと、それから……宮廷の婦女に対しても同様である。いたずらに淫らな行為を犯した者は、三族すべて皆殺しとする……この言葉を士卒に伝えよ」

 

 最後の言葉は、いかにも名残惜しそうであったが、張良は劉邦のそんな様子に不満はなかった。

 

 ちなみに劉邦のこの言葉が伝えられる前に、庫をあばいた者が少なからずいた。多くの者は金銀財宝を山分けしたのだが、ひとり、劉邦のそばにあって内務を担当している蕭何だけは、秦の法令や政治文書をいちはやく持ち出し、これを将来のために保存した、という。

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