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第 四 部

 

追 い つ め ら れ て……

 

 

 韓信は生かされたが、雒陽から関中の櫟陽(れきよう・当時の首都)に居宅を移され、無為な日々を送っている。

 身分は列侯なので封邑からの租税が入り、暮らしに不自由はないが、目的を喪失した感は否めない。

 能力を持て余す日々が続き、自然に気持ちも荒んでくる。病を称して謁見の場に出ず、行幸にも一切随行しなかった。

 かいがいしく名誉を回復しようと活動することは、気が進まない。謁見の場で下げたくもない頭を下げ続け、折りたくもない膝を折り続けるのは、嫌だった。本当に心の底から自分が尊敬する相手であったら、そうしたかもしれないが、残念ながらもはやこのときの劉邦は、韓信の尊敬の対象ではなかった。

 好きでもない男に頭を下げることは「媚びる」ことであり、権力を前にして節を曲げることを意味する。

 

 彼に同情的な者の中には、助言をしてくれる者もいる。

「悔い改めて、あらためて皇帝に対する忠節を示すことだ。一から出発する気持ちで……」

 自分を心配してくれていることはわかる。しかし、いったい何を悔い改めるというのか。改めるのは皇帝の方だろう。自分はなにも罪らしき罪は犯していないのだ。

 態度が悪いと言われればそれまでだが、劉邦の子飼の将軍たちの中には、自分より功績を鼻にかけて恩賞を強要する輩は多い。彼らに比べれば、自分などは謙虚だと評されてもよいくらいであった。

 

――周勃や灌嬰などと、この私が同じ身分とは……。

 かつては彼らを配下に従えて戦った韓信である。彼らには恨みこそないが、自分の方が優れていると考えるのは自然であった。

 しかし、嘆いていても始まらない。「悔い改める」という表現は気に入らないが、再び世に出るためには、これまでの功績をすべて水に流し、一から再出発する覚悟が必要だと考えざるを得なかった。

 

 そう考えた韓信は、ある日樊噲の邸宅を訪問した。皇帝に昔から忠実だった臣下の心境がどのようなものであるか、確かめようとしたのである。

 韓信自身が初心に帰るためであった。

 

 このとき樊噲は韓信が来訪したと聞くと、みずから門から玄関までを掃き清め、跪いて頭を地に付けて迎えた。そして韓信を大王と呼び、自分のことを臣(わたくし・しもべを意味する一人称)と呼んだという。

「大王さまには、わざわざ臣の家に足を運んでいただき……」

 

 朴訥な男であり、決して卑屈な男でもなかった樊噲の平身低頭ぶり。これには訪問した韓信の方が驚かされた。

「樊将軍。もうその呼び方で私のことを呼ぶな。私はすでに王ではない」

「承知しておりますが……少なくとも私の中ではあなた様ほど王にふさわしい方はおりませぬ」

「なにを言う。君と私とでは、身分の違いはない。私は……淮陰侯だ。君だって舞陽侯だろう」

 

 樊噲は劉邦が陳で韓信を捕らえた際、それに協力したことを評価され、列侯の地位を得たのである。

「……聞けば、会議の席で君は私を捕らえることに賛成したそうではないか。のみならず陳での会同の席にも君はいた。捕らえられ、惨めな姿をさらした私を君は弁護しようともしなかったではないか。その君が……私を呼ぶにあたって尊称を使うのはおかしい。そう思わないか?」

 韓信の物言いもややねじくれ気味である。

 

「お怒りはごもっともでございます。しかし臣には大王を妬む気持ちなどなく、今でも尊敬する気持ちに変わりありません。……ですが臣はやはり皇帝の臣下なのでございます。会議の席で大王を捕らえることに賛成したのも、皇帝がそれを望んでいると察したからです。臣はあの方のやることには逆らえないのです」

「……それだ」

 韓信は樊噲の言葉に「我が意を得たり」とでも言いたそうな反応をした。

 

「君や夏侯嬰の皇帝に対する臣従のあり方は、尋常じゃない。私には理解できないのだ。どうしてそのように皇帝に尽くそうとするのか?」

「さて……どうしてと言われても困りますな。強いて言えば……そう、お互いに愛し合う男女が不貞を働かないのに似ている、とでも申しましょうか。恋人のようなものです。世の中には美女は多い……しかし恋人のいる男は、それに見向きもせず、自分の愛する女性だけを追い求める……もちろん、例外はありますが」

「ふうむ……わかるような気はする……しかし、たったそれだけのことなのか? 私はかつて……君が皇帝を救おうと我が身を省みず突進する姿を見た。覚えているだろう、鴻門での一連の出来事だ。私は君のあの姿を見て、皇帝はよほどの方なのだろうと想像したのだ。だから私は漢に属することにした……。だが君の今の話を聞いていると……少し落胆したような気になる。君たちの関係にはもっと高尚な理由があるはずだと思っていたのだ」

「臣どもはあの方を担ぎ上げることに、その後の運命を賭けたのです。確かに……皇帝より人格的にも能力的にもまさった人物は多い。大王、あなたもそのお一人です。しかしそれをわかっていて臣が節を変えないのは……過去の自分の判断が正しかったと信じているからです。確かに気持ちが揺らぐことはありますが……」

「つまりは、間違いを認めたくない、ということか? 結局はそれだけのことなのか」

「しかし、人臣たる者のとるべき態度は、それに尽きるのではないのでしょうか」

「…………」

「どうかなさいましたか」

「……君がうらやましい。私は……そこまで他人に尽くそうという気持ちになれぬ。皇帝は私のことを、忠誠心が足りぬといって時に叱責する。いったいどうしたら君のように振る舞えるのか……」

「大王には難しいかもしれませんな。あなたは才能も人格も皇帝より……いや、はっきりと口に出しては言えませんが……。しかし、大王はその割によく我慢して皇帝に尽くしていると思います」

 

 結局要領を得ずに樊噲宅をあとにした韓信は、その帰り道に誰に向かってというわけでもなく呟いた。

「人臣として覚悟が足りぬ、ということか……。よりによって忠節の関係は恋人同士のようなものだ、とは! そんなものは……ただの感情に過ぎぬ」

 

――忠節において私が樊噲に及ばぬはずだ……私は皇帝を愛してなどいない。

 

「……恋人同士に義や仁の論理があるはずもない。樊噲はただ婦人のように皇帝を愛しただけだ。その樊噲と私が今や同じ身分だという……とんだお笑いぐさではないか!」

 

 

 韓信が捕らえられて淮陰侯に格下げされた後まもなく、皇帝は新たな人事を発表した。

 楚・斉に新たに劉姓の王を配置したほかに、韓王信を太原に国替えさせたのである。

 わざわざそのような人事を行ったのは、この時期北方の異民族である匈奴がたびたび中原に進出してくるからであった。皇帝は韓王信を北方の都市である太原に配置し、匈奴への備えとしたのである。

 この事実は、創業当時の漢王朝が内外に多くの問題を抱えていたことをよく示している。

 

 この人事を発表した直後、韓信は皇帝と直接会話をする機会を得ている。なにかと理由を付けて参内しない韓信であったが、宮殿に出入りする機会がまったく無かったわけではなかったらしい。

 皇帝は韓信が宮殿内にいることを聞きつけると、即座に呼びつけて雑談の相手をさせた。

「病気だと聞いていたが……顔色は悪くないように見える。さては信、お前の病気は仮病であろう」

 

 からかうように言う皇帝を前に、韓信は真剣な表情で答えた。

「頭が重いのです。近ごろはよく眠れず……朝も爽快に感じることがありません。気持ちが落ち込み、何をするにも集中できないのです。確かに体力的には問題ないようなのですが、どうも心に病原を宿しているように思えます」

「邸宅にこもってばかりいるからだ。外に出て、人と交流しろ。たまに朕と行幸を共にするのも、よい気分転換になるだろう」

「どうもそのような気になれません。ここにいると常に誰かに見張られているような気がして……陛下、私を領地の淮陰に行かせてはもらえないでしょうか」

「……確かにお前は見張られている。否定はせぬさ……しかし、不自由をさせた覚えはないぞ。領地に行くことは許さぬ」

 

 意固地になって否定した皇帝だったが、ここで韓信は現実的な問題を提示してみせた。

「どうも租税が領地から報告されている額と合わないようでして……足りないのです。私としては現地に赴いて実情を確かめたく思うのですが……」

 緊急を要しているわけではなかったが、事実であった。どこかで不正が行われている可能性が高いと知りながら、ここまで韓信はそれを詳しく調査する気にもなれず、放置したままにしていたのである。

 その言のとおり、何をするにも集中できなかったからであろう。

 

「……わざわざお前が行くべき問題でもあるまい。しかるべき者に調査を命じ、不正があったら処置すればよい。官吏とはそのためにいるのであり、王侯とは彼らに命じるために存在するのだ。繰り返すが、お前が行くべき問題ではない」

「…………」

「不服か」

「はい。……ここにいてもやることがないものですから。陛下の臣下として働く機会を与えられないのでしたら、自国に戻って自分の問題を解決したいと思ったのですが……」

「お前はすでに大功をたてたのだから、偉そうにしてふんぞり返っていればよいのだ。お前の手を借りねばならぬような問題は、今のところない。本当に病気なのであれば、今が良い機会だから養生に専念せよ」

「……本当に問題はないと……? 聞くところによると、匈奴の今の首領はなかなかに有能な人物だと。陛下は韓王信をこれに当たらせましたが……」

「奴はお前ほどではないが、軍事の才はある。しかし役不足だと言いたいのか」

「韓王信は戦いにおいては粘り強く、一時の激情に駆られて死を選ぶような男ではありませんが、とても匈奴の冒頓単于(ぼくとつぜんう・当時の匈奴族の首領の名)にはかないますまい。冒頓は、かつて月氏と争い、楼煩を滅ぼした恐るべき男です。私が行って軍を指揮するより他に方法はありません」

 

 韓王信はかつて劉邦が滎陽を放棄した際、周苛とともに滎陽に残り、項羽の猛攻に耐え続けたが、落城後周苛は煮殺され、は捕虜となった。

 しかし彼は折りをみて脱出し、ふたたび漢に帰属したのである。

 韓信が彼のことを粘り強いと評したのはこのことであった。しかし、当然蛮族と対峙するには生き残る能力があるだけでは駄目で、軍を率いて勝利に結びつける能力がなければ、あてにすることは出来ない。

 

「かつて秦の蒙恬将軍は匈奴に睨みをきかし、その進出を封じてきた。信、お前はその蒙恬の役目を担おうというのか。聞くが……その役目はお前でなければ駄目なのか。他の将軍では……」

「項王ならば、その鋭い気迫で匈奴を封じることが可能でしょう。彼の気迫は彼を取巻く兵にも伝染する……彼に率いられることによって、兵たちは強くなった気持ちになるのです。かつての楚が戦場で恐れられた所以が、そこにあります」

「しかし項羽は既に死んでいる。仮に生きていたとしてもあの男がわしの為に働くはずがない」

「では、章邯などはどうでしょう。章邯は単なる地方の徴税官に過ぎない男でしたが、ひとたび将軍の座を得ると、瞬く間に烏合の衆だった秦軍を再編成し、当代最強の軍を作り上げました。なぜか。統率力に優れていたからです。彼にかかっては、罪を犯した囚人も一人前の兵士と仕立て上げられる」

「死人ばかりを例に挙げるな。それほど漢は人材が払底しているというのか。生きている人物を挙げろ。もちろん、お前以外にだ」

 

「……では、私は陳豨を推薦いたします」

「ふむ。なぜだ」

「陳豨の軍事的な指導力や統率力については……実はよく知りません。しかし、私にはわかるのです。戦場で力を発揮する者と、そうでない者との区別は、ここ数年の経験で感覚的にわかるのです。彼なら、兵たちの能力を存分に引き出し、匈奴と対等にわたり合える程度に戦えるでしょう」

 ここで韓信は「勝てる」とは言わなかった。彼のこれまでの論理では、生者のうちで匈奴に勝てるのは自分だけなのである。他者に勝たれてしまっては、論理が崩壊する。

 

「他でもない、お前が言うのだから間違いないのだろう。しかし、当面は韓王信をあたらせてからだ。それで駄目ならば陳豨を遣わそう。やはり勝てねば、わしが行く。親征するのだ」

「陛下が……?」

 

 韓信はこのとき表情を崩した。幸いにして悟られることはなかったが、実はこのとき彼は失笑をこらえたのであった。

「わしが自ら率いれば、兵たちの意気は上がり、敗れることもあるまい。問題はわしの指揮官としての能力だが……信、お前はどう思う?」

 

 韓信はこの問いに断言するように答えた。

「失礼ながら陛下の指揮官としての能力は、せいぜい十万人の兵を統率するくらいのものに過ぎません」

「嫌なほどはっきり言いよる……気に入らんな。そういうお前はどうなのだ?」

「私などは……兵が多ければ多いほど統率できましょう」

 

 皇帝はこれを聞き、笑い出した。

「おかしなことを言う。兵が多ければ多いほど力を発揮するお前が、わしに捕らえられたのはなぜだ」

「……さあ、ひと言で説明するのは難しい問題です。強いて言えば、陛下は兵を指揮することよりも、将軍を指揮することがうまかった、ということでしょう」

 

 善ク將ヲ將ス、……この韓信の発言は、劉邦の特徴をよく示した言葉として後世にまで伝わっている。

「まさに天授の才能、とでも言えましょうか」

 そう付け加えた韓信の態度は、一見追従を示したかのようにも見える。しかし、実は彼の言いたいことは逆であった。前線で兵を指揮する能力がないのだから、邪魔にならぬよう後方に留まっていろ、暗にそう言いたかったのである。

 

 つまり彼は皇帝を賞したのではなく、嫌みを言ったのだった。

 

 

 国情は混迷を極め匈奴にまつわる劉邦の施策はことごとく裏目に出た。

 

 まず第一に、匈奴と戦端を発した韓王信が冒頓単于率いる軍に包囲された後、寝返ってしまう。

 韓王信は匈奴の将軍となったのだった。これが紀元前二〇一年秋のことである。

 年が明けた冬に劉邦はこれを鎮めようと親征し、逆に匈奴に包囲された。包囲はまる一週間続いたが、漢の朝廷が冒頓単于の妻に大量の贈り物を送った結果、劉邦はようやく解放され、講和が成ったという。

 この救出策は陳平の案によるものだったとされているが、漢が冒頓単于の妻に何をどのように送ったのかは一切定かにはなっていない。どうやら当時から機密扱いになっていたようである。

 

 韓王信が期待どおりの働きをしなかったこと、劉邦の親征が失敗に終わったこと、これらはすべて韓信が予期していたことである。

――言わぬことではない。皇帝はなぜ私の言うことを信じなかったのか……。

 しかし、依然として韓信にお呼びはかからない。皇帝は匈奴との国境に近い代の地を樊噲に平定させると、その地に自分の兄の劉仲を王として置いた。そして同時に鉅鹿の太守として陳豨を任命したのである。

 

――陳豨はともかく、劉仲など……ただの農民に過ぎぬ。単に皇帝の兄だからといって王位に就けるとは……

 一族を高位に置き、それを世襲させることは、叛逆行為を抑制する効果がある。それはわかる。

 しかし、ただ血をわけた兄弟だからといって国家の建設になんの功績もない男を王としてたてることは、皇帝が公私混同しているかのように思えるのだった。

 

 後の話になるが、代王劉仲は匈奴を恐れて国を捨て、雒陽に逃げ込んだ。彼の代王としての地位は取りあげられ、以後は郃陽侯にされたという。能力も胆力もない男に王座を与えるあたり、やはり劉邦のなかに公私混同があったことは否めないであろう。

 

 韓信の劉邦に対する不信は、決定的になった。そればかりか、このままでは国が滅ぶ、匈奴に国を乗っ取られる、そのような危機感をも持つようになった。

 確かにすべてではないが、少なくとも半分は自分の努力によって成り立った国なのである。それを過信だとして非難できる者は、いないだろう。

 

――人に任せてなどおけぬ。私が先頭に立って国を守るべきではないのか。

 だがそれを皇帝は許そうとしない。

 

――建国間もないというのに、すでに政治は腐っている。腐ったものは新しく取り替えなければならない。それは自然な成り行きだ。

 あるいは皇帝と戦うことも覚悟せねばなるまい。はたして自分にそれが出来るのか?

 

――条件さえ対等に持っていければ……勝つ自信はある。いや、多少条件が劣っていようとも……

 戦端を開く機会を見失わないこと。そして正確な戦略。それさえあれば負けることはない。

item2

 韓信はついに意を決した。

 

 紀元前二〇〇年二月、漢は長楽宮の完成を機に、首都機能を櫟陽から長安へ移動した。

 韓信もこれにあわせて長安へ移住し、相変わらず監視の目の中で暮らし続けている。しかしそんな中、一人の男の訪問を機に、彼の叛逆の日々は始まっていったのであった。

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